一個人(社会人)として筋を通す
「筋(道理)を通す」解説
個人中心の情報社会になり、
人の心や意識の持ち方、物事の捉え方、
判断基準に良くも悪くも個人差が出、
多様化しつつある現代の社会生活環境です。
人の道と言われる「筋(≒道理)」にも
人の顔と同様、かなりの個人差があります。
社会や一般生活上、対人関係に於いて
自分の話や行為に人としての“筋道”が
なければ、その場その時の気分(感情)や
成り行きで話をしているように相手に
聞こえてしまい信用性や説得力に欠け、
相手に不快な思いや自他ともに費やした
時間を無駄に浪費させてしまいます。
この“筋道”がどんなことかを理解認識し、
それを備えた心身の活動をしない人は
人としても信用、信頼されません。
それは、
自分自身の【心の軸】を一体どこに
置くのか❓自らが解らないからです。
これに反し、“筋道”を備え持っている人は
万人に納得されますから万般に通じます。
社会人としても、指導育成者としても、
このような筋を持ち、それをキチンと通す
ことは社会人としても最低限必要です。
私は仕事上で、
度々テキストや文書などのメールを
指導育成する方、管理する立場の方に送ります。
その内容の殆どは、
「査収」に該当しますが最近目立つのは、
受取ったのか受取っていないのか、
見たのか見ていないのか何の連絡や
返事、意見などの感想を頂戴できないこと
=無視・スルーの行為が多くなったことです。
相手への好き嫌いの感情は別として、
受取った一人の人間(社会人)として、
その相手に対する必要最低限の返事や連絡は、
人間の思いやりを表す形のマナーであり、
指導者として、人としての筋を通す行為です。
現在まで、仕事や社会生活をして来て、
メール・SNS、文書の返事や必要最小限の
メッセージ意見・感想などは好き嫌いの感情
を交えずレスすることが人として“筋を通す”
行為態度と思い実際にしてきました。
さて、会話などであの人の話は「筋が通る」とか、
彼は「筋が通らない」ことを話すとか言います。
この “筋道”とは、人間の精神の指標を指し、
それはその人が持つ判断基準=識別判断力です。
人は、夫々の立場で判断・決断を迫られ、
自分自身の判断基準に照らし合わせて、
「良い悪い」(是非・可否)を判断しています。
その判断基準の根源は、
道理やモラル(倫理)、詰り社会人としても、
人として正しい物事(八正道=仏教)は何か、
という原理原則と経験値に拠るものです。
故に、
物事に「筋が通る」と言うことは、
単に論理的に矛盾がないということ
でなくコンプライアンス意識の元、
人として取るべき道に照らし合わせて
(理に適った)不都合が生じないことです。
詰り、
頭の中だけで軽々しく判断したものではなく、
理に叶っていることを筋が通るというのです。
生活上に必要とされる対人関係構築のための、
人や物事の正しい判断や決断をするには、
自らの中に確りとした心の道標=指標(軸)
≒識別判断力(下図)が必要なのです。
【筋を通す】活動✅
(人の道に適った活動)
(診断)している=〇/出来ない=✖/どちらとも=?
(必要性)大切=◎/自分に必要=★/不要=無印
1 言葉や行動にする前に
一度考えてから表現伝達する
2 人の道に照らした言動をする
3 その場・その時の感情に左右されず理を通す
4 人として正しいか否かを判断基準として決断する
5 物事や人間関係の源(原点)を考えた後に行動する
6 感謝の気持ちを、時・場所・人・雰囲気
に合った一番適切な方法で伝える
7 御縁を頂いた人やその方を紹介して
下さった方の気持ちを大切にする
8 予定を変更する場合は、
早めに連絡し丁重に謝る
9 約束事は、大小に係わらず守る
何かして貰ったら、必ず返礼をする
10 メールは受取った旨【拝受】、
内容を確認したことの【拝見】
を相手に伝える
11 無視やスルーは絶対にしない
12 自分の発した言葉に責任を持つ
13 一度やると言ったことは必ずやる
14 その場しのぎの言訳や嘘をつかない
15 不義理は決してしない
16 表裏のある言動や態度をしない
17 人の顔を潰すような言動をしない
18 自分が悪いと思ったら、素直に謝る
19 分度を弁えて出来る限りのお礼をする
20 人の立場を危うくするような言動をしない
21 適時適切なお礼や感謝の意を伝える
22 周囲の人に心配や迷惑のかかる
ことは決してしない
23 自分自身の揺るぎない指標(軸・信念)
を持って言動する
24 公平公正無私の心でで判断出来、人と触合える
25 先ず相手のためになることを考え、
選択し優先する(無私)