恩を心の礎とし報いる-【報恩】
心に刻む「恩」
「恩」とは、めぐみ、慈しみのこと。
【かけた情けは水に流し、
受けた恩は石に刻む】
【言うものは水に流し、
言われたものは石に刻む】
このような名言は、
「人は己が他人にしたことを、○○して
やったのにといつまでも忘れられず
自分が他人から受けた恩や情けを
いつの間にか忘れてしまったり、
ないがしろにしたりしがちになる。」
と言うことを戒めている言葉です。
私もこの意識は少なからずありました。😢
自分が恵みを受けていることを
自覚することを「知恩」と言い、
また、恵みに報いることを「報恩」
誰かから受けた恩を自分が別の人に
送ることを「恩送り」と言います。
そしてその送られた人が
更に別の人に渡す好循環。
そうして「恩」が世の中を
ぐるぐる回って行くとこと。
この「恩送り」では、
親切をしてくれた当人へ親切を
返そうにも適切な方法が
無い場合に第三者へと恩を「送る」。
恩を返す相手が限定されず、
比較的短い期間で善意を具体化する
ことができると言われています。
その結果として、
社会に正の連鎖が起きるのです。
この「恩送り」は、語彙として
「恩返し」にも当て嵌まると考えます。
仏教では、
布施と言う奉仕、施しの活動を
「してあげる」「してやる」のでも、
「して差し上げる」「させて頂いている」
「させて頂く」でもなく唯々
『御返しをさせて頂いている』と
受け止めることが大切、と説いています。
私達人間は、
その文字の如く、祖先や多くの霊、
人々に支えられ、人と人との間で
生かされ生きていることを自らの
心の土台石にシッカリと刻み、己が
「生かされ、生きていられる」ことに
「嬉しい・お陰様で・有難い」と
人や自然、物事に謙虚に敬い、感謝し、
その恩恵の心を何時も忘れることなく、
生かされ、生きて生活していられることに
『御返しをさせて頂いている』
気持ちを持ち続け、表し伝えて行くことが
とても大切ではないかと思います。
🙏日蓮上人は
恩を4つに分けた次の「四恩」を説いています。
① 命を与えてくれた親、先祖の恩。
② 師として教導してくれた人々の恩。
③ 国土環境の恩。
④ すべての源であるご本仏の恩。
これを常に我が心魂に留めて
生きていくことが説かれています。
そのように常日頃の
対人関係上で心掛けるようにすると
気持ちがスッと軽くなります。
私は敢えて、
サービス業やおもてなしに関わる者として
何事も他者を主、己を従と捉えように意識し
と順序を入れ替えて意識してします。
同時に、祖先や周りの多くの人々から
「生かされ、無事に生きていられる」
ことに「お陰様で」「有難い」と言う
感謝=恩謝・謝徳・報徳の気持で他人と
触合い接するように心掛けています。
報恩感謝
「施して報を願わず、受けて恩を忘れず。」
江戸時代中期の学者・中根東里が
著した『東里新談』の中の言葉です。
これと同じような意味を持つ上記の
「受けた恩は石に刻み、
かけた情けは水に流せ。」
と言う言葉もあります。
「人に物を贈って、
見返りやお礼を期待するな、
人から物を貰ったら
直ぐにお礼をしなさい」
と言う人の心の在り方を表す言葉です。
子供の頃から親によく言われた言葉です。
この「施して報を願う」とは、
自らの行為を誇りそれによって
慢心することと言え、それは、
まさしく人に「恩に着せる」
ことではないでしょうか。
また、「受けて恩を忘れず」とは、
人から貰った恩を、恩と感じて、
それに報いようとする行いであり、
報恩感謝であると言えます。