サービス業従事者-基本心得(7)
「応対」と「対応」の心
「応対」と「対応」の原義
『応対』=相手の立場を主に考え、
相手に応じて受け答えする。
=相手(大切な人・お客様)が主であり
「・・・させて頂く(戴く)」意
英語では
応対=reception(レセプション)・
応対する receive callers
応対は、 receive callers 、
全てを受け入れる意。
【対応】=触合う相手の状況に対し、
こちら側が主になり処置・行動する
=こちら側(自分・自店舗・自社)が
主であり「・・・してあげる( してやる)」
英語では
対応=correspondence(コレスポンデンス)
対応する correspond
対応はco-response と言い、
相手の出方を覗う意です。
日本のおもてなしは応対?or対応?
世界に唯一無二の文化国と言われている
日本独自の『和の文化おもてなし』は、
“主客一体” の心を柱に表す意があり、
もてなす側と受ける側が“同等”です。
日本独自の文化、和の心のおもてなしと、
ホスピタリティのおもてなしを主従意識で
捉えるとホスピタリティのおもてなしは、
どちらかというと“客人”が主であり、
もてなす側は“従”であると受け留めます。
私見ですが表現を変えてみると(上図参照)
日本独自のおもてなしは、主人客人ともに
相手の心を最優先し意識する「応対」
を重んじる[両方向通行の道路]であり、
ホスピタリティのおもてなしは、
「応対・対応」共に用い使い分けて接する
[一方通行の道路]に近い居と考えられます。
🔴日本の文化とホスピタリティ-和と洋の「おもてなし」
🔴「応対」と「対応」の使い分ける
『応対』は、
広く触合う相手(お客様)に対し、
先ず、お客様の状況を素早く察知し
=(場の空気を読む行為)、相手やお客様に
合わせた受け答えをすることから始めます。
同じ意味で古から「応接室」、「応接間」とも
言われている様に、触合う相手やお客様に
対し相手中心にもてなすことを言います。
一方の【対応】と異なるのは相手やお客様
中心に捉え、その方に合わせて言動する意です。
人材育成のOneオンOneもこれに当該します。
これに対して、【対応】は相手(お客様)に対し
こちらが主になり応じる心身の活動の意。
応対と対応の共にある「対する」と言うのは
面と向かう(≒正対する)ことを意味します。
対象となる相手に対面し、要求や要請、
依頼に応じ行動や処理を行う活動が対応です。
当然、相手の出方でこちらの行動が変わります。
この【対応】は「対処」として故障処理、
災い、クレームなどの場合に使われます。
これに対して『応対』は、
触合う相手(お客様・顧客)を主に捉えに、
相手の立場で受け答えをすることです。
『応対』の心身の活動は、「人」の文字
“私達はお客様に支えられている”
日本のおもてなしの“主客一体や主客同等”
ことであり、忙しいとか、スタッフが少ない
からとか、こちら側の事情で接しないようにし、
支え生かして頂いているお客様や周りの人々を
優先的に取組むことを表す心身の活動です。
要するに、サービス業の本質である
先ず何事もお客様中心に考え客人を心身
共に満足させ且つ自分達の言動や態度を
「お客様の目線と意識」で捉え見ると解します。
(下図参照)
応対意識は、麓から見上げる意識
➡「応対」の心と意識で.事件や事象
を起こした人の気持ちを知ろうとする
≒ダウンサービスの心と姿勢と受留めます
即ち、事象やは何故?起きたのか❓
起因・原因・要素に目を向ける心の活動。
※事象や人への対策=対応を優先せず、
当時者が事件を起こす要因・起因・
要素・原因などを何故?の心で見つけ出す。
第三者目線と顧客・従業員目線を以って
現実・現状・現物をみることと言えます。
何事も謙虚に麓から見上げる心と
取組み姿勢は日本人の心でもあります。
これに対し、
自分が中心=一人称意識が柱となる
対応意識での心身の活動は事象や人心の変化、
言動の後に対処・対策の活動や施策をする。
この二つを、私情(感情)を加えず
相手の器に合わせ適時・適正
適切に使い分けることである
と受け止めています。
触合う大切な人(お客様)は出来る限り
『応対』を常に自覚認識し、接して
おもてなしをするように心掛けましょう。
おもてなしや接客サービスする上でも、
生きていく上でもサービス提供者として
いつも「謙虚さと感謝」で心身の活動をすること。
即ち、人との触合いに欠かせない
『応対』と【対応】の心(意)を理解認識し
夫々を触合う相手や状況に合わせて
適時適切に使い分けて心身の活動すること。
💖触合う相手の個性と立場を大切に➡応対意識
触れ合う相手をリスペクトする
【応対意識】(≠対応意識)の取組姿勢は
➡サービス業・対人関係の「礎」です。
現在の社会生活や公の場で近年多く見られ
使われている一人称意識の心身ま活動【対応】、
情けなくも死語になりつつある日本人の心
(おもてなしの心)とも言える多人称の『応対』、
この現実を言換えるなら、
物事や人の行為の結果に対する対応意識と
事象や心の誘因・動因・要素とも言え、
何事が事象や事件の起きる要因・起因に
視点を置き、捉える(○○ファースト)の
心身の活動『応対意識』であると思います。
私達日本人は、良きにつけ悪しきにつけ
この二つを心から理解し認識する必要があり
それは世界に唯一無二と言われる日本の文化
を守り、継承することであると強く感じています。
何故なら、
上図にある山頂から見下ろし見える姿形
「≒心の対応活動」と麓から見上げる姿形
「≒心の応対活動」は全く異なって見える故です。
個人中心主義-現代社会環境での応対と対応
(これは、現在迄日本のおもてなしについて
多くの記事をH.P.に書いて来た私見です。)
有名な家電量販店でのコマーシャルには
『接客応対』と長年継続されてあります。
一方新進のAI併用する或る会社のコマーシャル
上では、おもてなし電話【対応】と表示され、
また、接客サービスの現場でも【対応】が
お客様へのサービス用語で使われる現況です。
歴代の天皇陛下が様々な場所で為された言動
先日の英国の女王葬儀の際に世界中から
賞賛された特別扱いを辞退して他国の皆さんと
同じバスを使われた行動に表れた取組み意識は
【先ず人を思う】御心の表れでありそれは
正しく応対の心を表わされた事例と受止めます。
日本人の和=調和は『応対』の心であり、
後世に伝承して行かなければならない
和の国日本の心であると思います。