AIを活用して社会保険労務士が「労使の橋渡し」として活躍する社会へ(後編)
端的、明快、分かりやすさNo.1を目指す「社労士の先生」として、社会保険労務士向けの法改正情報などを発信し、企業の社内規程構築に関するコンサルティング行うかたわら、社会保険労務士へ生成AIの活用やDXの普及を支援している岩﨑さん。「社会保険労務士が価値発揮することで会社も社会も良くなる」と語る岩﨑さんに、精力的な活動の原動力や理想の未来についてお話を伺いました。
<前編はこちら>
他の分野を学ぶことで「視界が開けた」
—まだ新しい生成AIなどの技術を紹介することは勉強も必要でご苦労も多いと思いますが、活動のモチベーションの源泉はどこにありますか。
岩﨑さん:好奇心ですね。子供の頃から、私は好奇心や探究心が強いほうでした。あとは、学ぶことで「視界が開ける経験」をしたことも大きいです。
私が受験予備校の講師をしていたとき、社会保険労務士に関わる様々な法律の解釈や理解に行き詰まってしまったことがありました。何か打開策を見つけたくて、他の角度からもう少し勉強しなければいけないと思い、興味があった行政書士の資格の勉強を始めました。その時に、ばーっと世界が開けたように感じました。別の士業の勉強をすることで、初めて法律の本当の世界がわかったように感じました。私自身が常に勉強していかないといけないと思っているのは、やはりその経験からです。好奇心と探求心が私のモチベーションの源泉になっています。
就業規則の届出義務があるのは日本と韓国だけ
— 業界の現状の課題はどのようなところにありますか。
岩﨑さん:変わろうとしないところに課題を感じています。すでに人的資本経営の時代になっているのですが、世の中も社会保険労務士もまだそちらを向いている人は少ないですね。
人の価値を重要視するという考え方を理解できても日本はまだ、全員が同じような働き方ができるという考えから抜け出せてないでしょう?多くの人が「全員が同じ枠組みの中で働き、新しい人にもそれを求める」という考えのままなのだろうと思ってしまいます。
例えば、就業規則を考えてみてください。就業規則には、統一的な会社の始業時刻、終業時刻、休憩時間が記載されていますね。しかし、その通りに働いてる人はいないでしょう?笑 もしかしたら会社によっては、始業時刻と終了時刻を就業規則に書く必要はないとかもしれない。人によってばらばらですから。
— 理想としてはそうだなと思いつつ、実際にはルールや規則がなくなった場合、会社として統率が取れるのかという不安があるのでしょうか。
岩﨑さん:そうだと思います。でも、そう考えること自体が古いのです。抜本的に考え方を変える必要があると思っています。ちなみに、日本には就業規則を国に届出る義務があるのですが、欧米にはありません。今、世界的にみてそういった義務があるのは、日本と韓国くらいです。
— 世界には就業規則のない会社もたくさんあるということですか?
外国にはドイツのように就業規則の作成が義務化されていない国はいくつかあります。ですから今一度、日本もその必要性を考えることが重要です。例えば、フランスは労働条件を就業規則に書くことが禁止されてます。始業や終業時刻を就業規則に書くことも禁止です。個人との契約として定めることはできますが、会社の一方的なルールにしてはいけないという考え方です。アメリカには、エンプロイーハンドブックという就業規則のようなものはありますが、作っても作らなくてもいいし、国に届け出る必要もありません。
日本の労働基準法ができてから、すでに70年以上が経っています。確かに、70年前はどこの国ににも就業規則があり、届出の義務もあったようです。しかし、気がついてみたら、いまだに届出の義務があるのは、日本と韓国だけになってしまった。その意味を考えなければいけない時代になってきたと思います。
— 社会保険労務士の皆さんでも、そこに対して疑問を持たれる方は少ないのでしょうか。
岩﨑さん:残念ながら、まだまだ少ないですね。学校の校則みたいなものなので、それが当たり前になってしまっている気がします。社会保険労務士だけでなく、一般の個人の契約意識も重要ですね。「契約社会にふさわしい行動様式」を身につける必要がありますが。日本人はその点が希薄だなと感じています。いきなり全てを変えるのは難しいですが、まずは疑問を持って考えることからはじめてほしいなと思います。
社会保険労務士は「労使の橋渡し」ができる仕事
— 業界の理想の未来像をどのように考えますか。
岩﨑さん:これまでお話ししたように、作業は生成AIやDXに任せて、人がやるべき仕事を社会保険労務士ができるようになればいいなと思います。
働き方改革関連法の施行から5年が経とうとしており、改善・見直しの議論が始まっています。厚生労働省は労働基準関係法制研究会を立ち上げていますが、その議論の中でも労使コミュニケーションについては課題が多く、大きな論点となっています。例えば、従業員と企業が36協定を締結するとき、労働組合がある会社は比較的スムーズに交渉が行われていますが、労働組合がない会社では従業員から「過半数代表者」を一人選んで、その方と会社が協議をすることになります。大勢の従業員のうち一人と会社が交渉する形で、はたして良い形で労使コミュニケーションが取れていると言えるのでしょうか。こういったこういった「労使の橋渡し」の場面で、社会保険労務士は価値を発揮すべきだと思っています。
労働組合と共存できる労働者代表組織は作れないかと考えたり、社会保険労務士が過半数代表者に助言できるような仕組みを考えたり、できることはたくさんあると思います。今後、法律を改正するタイミングもあるでしょうから、その時に社会保険労務士が政策提言を行っていけるのが理想ですね。
— 岩﨑さんが業界に対して先人を切って新しいことを提案したり、貢献しようとされる強い思いはどこから来てるのでしょうか。
より良い労使コミュニケーションのために力を発揮できる社会保険労務士が増えれば、社会はもっとよくなると思うからです。そして、それができるだけのポテンシャルのある仕事だと思っています。
同じ士業である弁護士や税理士などと比べると、社会保険労務士という仕事はあまり知られていないと思いますが、社会保険労務士の仕事の先には、たくさんの会社やそこで働く従業員がいます。社会に対して大きな影響と意義がある仕事ですから、社会保険労務士自身にもそれを理解してほしいですし、そうやって前進しながら活躍して本来の力を発揮してもらいたいですね。
— ありがとうございました。
<今回ご紹介した岩﨑さんの書籍はこちら>