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加速局面~減速局面に亘る地面反力と疾走パフォーマンス

・Morin, J. B., Slawinski, J., Dorel, S., Couturier, A., Samozino, P., Brughelli, M., & Rabita, G. (2015). Acceleration capability in elite sprinters and ground impulse: push more, brake less?. Journal of biomechanics, 48(12), 3149-3154.

9名の一流スプリンターの40m地点までの各地点における地面反力(水平、および鉛直方向の力積)を測定。各ステップの水平方向の正負の力積、鉛直力積と疾走速度との関係を検討。

結果、40m全体の各ステップにおける正味の水平力積の平均値(r=0.868, p<0.01)、および正の水平力積(r=0.802, p<0.01)は40mの疾走速度とそれぞれ有意な相関関係を示した。一方で、負の水平力積と鉛直力積は有意な相関関係を示さなかった。また、20m-40m区間で平均化したデータでは、40mの平均疾走速度とどれも有意な相関関係を示さなかった。

これらの結果から、加速初期のスプリント(特に20mまで)では鉛直力積の獲得よりも、水平力積の獲得が重要。特に、ブレーキ成分ではなく、推進成分である正の水平力積の獲得が重要。


~コメント~
最大疾走速度との関連では、地面反力の鉛直成分のピーク値がしばしば重要だとされる。これは疾走速度の高まりとともに接地時間が極めて短時間となり、その間に身体重量を「支える⇒浮かす」だけの鉛直力積を得なければいけない状況となることからおおよそ説明ができる。一方で速度が高まっていない加速局面初期においては、後ろに地面を押して高い加速度を得ることの重要性は言うまでもない。速度が高まっていないので、短い時間で身体を浮かせる必要もない。むしろ多くの推進方向の力積を得るためには、長い接地時間をかける方が合理的ともいえる。実際に、加速力の高さと接地時間の長さの関係を報告しているいくつかの研究が存在する。鉛直力積を増やせばそれはすなわち身体を上に浮かせることに繋がるのは自明である。

といっても、正味の水平力積を増やすためには地面を後ろに押すだけでなく、ブレーキを減らすことでも貢献できる。この研究では、ブレーキ成分とは関連がみられなかったとして、押すことの重要性を指摘している。そこで次の研究。


Morin, J. B., Gimenez, P., Edouard, P., Arnal, P., Jiménez-Reyes, P., Samozino, P., ... & Mendiguchia, J. (2015). Sprint acceleration mechanics: the major role of hamstrings in horizontal force production. Frontiers in physiology, 6, 404.

膝と股関節の屈曲―伸展等速性筋力を、コンセントリック、エキセントリックで評価した後、トレッドミルでの6秒間の加速スプリント時における地面反力と下肢筋群(外側広筋、大腿直筋、大腿二頭筋、大臀筋)のEMGとの関連を検討。

重回帰分析の結果、スイング終了時(足を前に振り出しながら身体に引き戻し、接地に向かう局面)の大腿二頭筋EMGと膝屈曲のエキセントリックなピークトルクの組み合わせは、地面反力の水平成分と有意な関係を示した。このことから、加速局面において水平方向への力発揮能力の高い選手は、接地直前にハムストリングを高度に活性化させ、大きなエキセントリックトルクを生み出す能力に長けていることが示唆された。

~コメント~
加速局面では水平方向への力発揮が大事だというけど、それが得意な人はどういう筋の力発揮能力の特徴を有しているのか?を検証した論文。接地直前にハムを活性化させて、身体の近くに引き戻しながら接地に向かうような動作は「パウイング動作」とよく称され、加速局面において重視される。加速局面では身体重心の後ろに足を接地する局面も含まれるため、そして水平方向に効率的に力を伝えるためには身体重心のより前方に接地してしまうのは大きなブレーキ動作になり得る。ここでハムストリングをある程度活性化させて身体の真下、もしくは重心の後ろに引き込むような力発揮、動作は、接地のブレーキを小さくし、より効率的に加速力を得るためのメカニズムになりそう。

また、ハムストリングのEMG発生から実際に力を発揮するまでには0.05秒程度のラグがあるとされ、接地後に力を入れたとしても力発揮が間に合わない可能性が高いと考察されている。ハムストリングは膝関節の屈曲にも作用するため、キック中に膝の伸びを抑え、接地時間を長くし、より水平方向への力発揮を行えるように準備できているという可能性も高い。

もしくは、より短い滞空時間で加速できる選手(ピッチが高い選手)は必然的に地面反力の鉛直成分が少なく済むので、積極的なパウイング動作で、すぐ迫ってくる地面に対して接地を急いでいた(素早く接地に向かう、いち早く接地の準備ができる能力が高い)、ということも関連しているように思う。

ということで次の研究


Colyer, S. L., Nagahara, R., & Salo, A. I. (2018). Kinetic demands of sprinting shift across the acceleration phase: novel analysis of entire force waveforms. Scandinavian journal of medicine & science in sports, 28(7), 1784-1792.


陸上選手28名の60mスプリント中の各ステップにおける地面反力を測定。その正負の水平成分の地面反力と、各ステップの加速パフォーマンス(平均水平外力)との関連を検討。その結果、加速初期では、接地後半部分の水平反力と加速パフォーマンスに有意な関係性がみられた。その後、加速中期では、接地中期の推進反力の高さ、加速後期では接地中盤の地面反力ブレーキ成分の小ささとの関連が強くなった。

このように、加速初期~最高疾走速度局面にかけて、接地の後期の推進反力の高さから接地中期のブレーキの少なさとの関連が高まるようなシフトを見せた。特に優れたアスリートは最高速度付近で、接地期のエキセントリック局面の後半でブレーキを小さくし、素早く加速に転じる能力が高いことが示唆された。

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~コメント~
先行研究や現場で良く言われる「接地でのブレーキを小さくする」ことの重要性を支持する研究結果。特に最高疾走速度付近で。注目すべきは「接地直後のブレーキの小ささ」ではなく、「接地中期のブレーキ⇒推進に転じる頃のブレーキの小ささ」と関連がみられたこと。であれば、身体の近くに接地してブレーキを小さくする…といった方策とは関係がなさそうな感じ。いわゆる「接地して乗り込む局面で、いかにブレーキを小さく、素早く推進フェーズに転じることができるか?」の方が重要かも、というような結果。

接地後、下肢の関節トルクは接地期最初の~20%までピークを迎えないため、最高疾走速度付近のパフォーマンスは、接地直後の力発揮よりも、接地後「乗り込む」段階での下肢関節トルクに左右される可能性がある。最高疾走速度の高い選手はエキセントリックな力発揮能力がより高く、より短い時間でブレーキをかけられる(エキセントリックな負荷に対応できる)能力が、この違いに反映されているのでは?と考察されている。初期加速はコンセントリックな力発揮能力、最高速度付近はエキセントリックな力発揮能力が重要。このことは昔からよく言われている。

加えて、遊脚や上肢の力発揮やそのタイミングなんかも。この「素早く推進フェーズに転じる能力」と関連がありそう。「乗り込み」というスキルは脚の剛性だけで決まるものではないので。

ということで、加速だけでなく、減速時はどうなるの?についての研究


Nagahara, R., & Girard, O. (2020). Alterations of spatiotemporal and ground reaction force variables during decelerated sprinting. Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports.

14名のスプリンターを対象に最高疾走速度局面(45.8m付近)と減速局面(76.5m付近)のスプリントの時空間変数、および地面反力データを取得。

減速期では、接地中の推進フェーズにおける推進力(水平力)と鉛直反力の平均値が減少した。また、接地時間と滞空時間が延伸し、ブレーキ平均力が増加した。

さらに接地期全体、およびブレーキフェーズでの正味の鉛直力積が増加した。


~コメント~
つまり減速時は、接地前半のブレーキと鉛直反力が大きくなり、推進フェーズで水平、鉛直にも力発揮ができなくなってくる…という。鉛直地面反力の大きさは最大疾走速度向上のために重要…とは言われるが、こういうデータを見ると減速時の方が大きくなっている。やはり最大疾走速度局面でも、過度に地面を叩くような動作はブレーキにしかならないか?

減速

同論文より

指導していても必要以上に下に叩いて必要以上に浮いてしまう選手は多いし、浮くと当然ピッチは落ちるし、そもそも鉛直反力(力積)は高いピッチを達成できればむしろ必然的に減っていくはずなので、こういう結果はとても府に落ちるところがある。

最大疾走速度を引き上げるための走りの戦略が、逆に速度を制限してしまうケースは多いので、「腿が上がり過ぎない」「叩きすぎない」などの微調整が選手によって大きな変化を生む。


~まとめ~
関連文献はまだまだ色々ありますが、要は100mでは押せるところまでがっつり押して、ブレーキが過度にかからないように極限まで速度を高めて、そのまま変なことせずゴールまで維持することが重要…(というと当然ですかね)。

アレコレと動作をいじっても、↑の本質的なところ、目指すべきところとズレていればタイムは縮まないので、そもそも何のために動作をいじっているのか?を常に問い直すことが必要です。

脚をいくら前でさばこうが、下に力を加えようとしようが、速く走れないと意味がないので。


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