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M0-Live! 閑話5-6 ミックスカレー
とある企業が発行した無制限無期限かつ支払い不要で使用可能なカード。それが発端となり、最終的に通貨そのものが無くなった世界。それは一体どんな世界なのか?
この物語は中学生への職業紹介講演という大役を請け負った男 斉藤正俊が、資料作成のための取材という体で「お金のない世界」を体験する、一種の思考実験である。
※本話は、『ケース3 羽ばたけニワトリ』の冒頭の話に関するアフターストーリーとなっております。本編の進行とは関係ありません。
緒言(設定):お金が無くなるまでの話
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ある投稿
諸君らは覚えているだろうか、あの熱き戦いを。
諸君らは感じただろうか、あの狂おしいほどの悲劇を。
幾百、幾千の言葉を交えたところで、誰しもが絶望に墜ちたあの刻を。
正直に言おう。
戦火の火ぶたを切って落としたのは私だ。
それについて言い訳をするつもりはない。
しかし、私は後悔した。
諸君らの業火を鎮めることのできなかったことを。
未だにくすぶり続ける火種を消し止めるため、私は挑戦した。
そう、それは全ての争いに終止符を打つことのできる解決策。
肉全部入りカレーの実践だ!
まぁまぁ、落ち着いてくれたまえ。
諸君らの衝動を言葉に変えるのは最後まで読んでからでも遅くはないだろう。
そう、あれはつい先日のことだった・・・
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
現場より
今日の昼食はカレーにしよう。
そう思ったのは、久しぶりに降った雨がじわりとした湿気を運んできたことが切っ掛けではあるが、そもそも胸の奥にくすぶっていた想いがあるからだった。
以前ネット界隈に投下したカレー爆弾(談義)の解決策として打ち込んだミサイル(全部入りカレー)は残念ながら効果はなかった。
突然に現れた『地球の滅亡説』により、日の目を見ることは叶わなかった。
だけど、本当にそうなのか?
本当においしくないのか?
あの日から俺の脳内では検証に次ぐ検証が展開されていたが、所詮は机上の空論。
実際に体験してみるしか、真実を得ることは叶わない。
よし、やってやる。
この漢、斉藤正俊の一世一代の賭けに打って出るべきだ!
「というわけで、牛豚鶏のミックスカレーを作ってください」
「そういうわけなのは分かったけど、本当に作るのかい? 味は保証しないよ」
「ええ、それを確認するための実証実験ですから」
「その実験に巻き込まれるこちらの身にもなってほしいもんだけどね。まぁ、いいさ。私は頼まれたものを作るだけ。後はどこ吹く風ってことで」
「はい、望むところです」
行きつけのデリカで働く松田さんは、俺の決意表明に呆れながらも調理器具の用意を始めてくれた。
お願いしたカレーが出来上がるまでには30分程度といったところだろうか。
今の心持は期待半分、不安半分。
手持無沙汰なことも手伝ってか、妙にそわそわする気持ちを抑えられない。
今すぐにでもビールの蓋を開けたい衝動が襲ってくるが、ここで開けてしまってはもったいない。
まずはカレーだ。
ビールはその次だ。
湧き出る生唾をゴクリと喉の奥に押し込み、誘惑に打ち勝つ俺は、もはや勇者と言っても過言ではないのではないだろうか。
とは言っても暇であることには変わりない。
カレーが出来上がるまでの時間をどう潰そうか。
仕事の報告書作成に時間を当ててもいいけど、すぐ横で肉の焼ける音を聞きながらでは集中できるはずもない。
「・・・ジュ~、ジュ~・・・」
「・・・そこでじゅーじゅー言われると、こっちの気が散るからやめてもらっていいかい?」
「はっ!? すいません。心の声が、つい」
「あんたの心の中では擬音語で溢れてるのかい」
「お腹もすいてるので、語彙力がちょっと・・・ジュー」
「はいはい、わかりました。私は野菜の準備をするから、ここで肉をひっくり返す役目をしてちょうだい。いいかい?」
「ジュー!」
「・・・一応、了解ってことでいいんだよね?」
擬音マシーンと化した俺の返事を半目で睨みながらも、松田さんはフライパンの前を開けてくれた。
菜箸を受け取ると、擬音マシーンは肉ひっくり返しマシーンへと変貌する。
牛肉と豚肉は焦げないように注意し、鶏モモ肉は皮目がきつね色になるまでじっくりと火を通す。
やはり肉を焼くのは心が躍る。
今ならBBQで肉奉行に変身する世のお父さんたちの気持ちがわかる!
「ウィーン、ガシャン・・・ウィーン、ガシャン・・・・」
「・・・今度は何の擬音なんだか。ほい、野菜の準備はできたよ。煮込むから焼きあがったら野菜のフライパンに肉を移して」
「はい、喜んで!」
「・・・若い子って、こういうノリが好きなのかしら」
しっかりと焼き上げた肉を野菜のフライパンへ移すと、松田さんが分量を量った水を入れ、コンソメスープの素を砕き入れると、コンロに火を入れる。
始めは強火、沸騰したら中火にして蓋を閉める。
そのまま5分ほど煮込んだら一旦火を止め、横で作っていたルーを投入。
ルーが溶けるのを待って、今度は弱火でコトコト10分。
スパイスの香ばしい香りが立ち込める中にあって、俺の口の中はすでに大洪水だ。
「うーむ・・・」
「今度は何を唸ってるんだい?」
「いえ、カレーに合わせるにはビールにしようか、レモンサワーにしようかと・・・ここはハイボールという手も捨てがたい」
「素直に水にしときなさい」
「・・・はーい」
デリカコーナーの隅に置いてある給水機を指さしながら言う松田さんの言葉に従い、水を取りに向かう。
まぁ、まだ昼だし。アルコールは今夜に取っておこう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
実食!!
爽やかな風が吹き抜けるデリカコーナーの一角。
飲食エリアのテーブルに鎮座するのは、一皿のカレーライスだ。
肉の味を最大限に味わうため、今回のカレーは野菜が少なめになっている。
今すぐにでもかき込みたい衝動に襲われながらも、気を静めるために水を口に含む。
冷たい液体が喉を通り、食道を流れていく感覚を得た俺は、ついに傍らに置かれたスプーンを手にとり、目の前の未知へと臨む。
「いただきます」
忘れてはいけない一言を呟くと、茶褐色の海に銀色の船を沈める。
まずは牛肉だ。
肉とルー、そしてわずかなライスをスプーンに乗せると、そのまま口へと運ぶ。
一噛み、二噛み。
口内に広がる重厚な味わいは、肉を食べているという確かな感覚を伝えてくる。
やはり牛肉は肉界の王様か。
たった一口でさえ、肉を喰らう満足感を得ることができるのだ。
「・・・ジューシィ・・・」
「擬音語からちょっとは進化したわね」
テーブルの向かいに座り、相変わらずこちらを半眼で見つめてくる松田さんに、俺は口の端の片側を軽くあげて返す。今の俺の表情は魅力的でニヒルなものになっているだろう。
松田さんの目がさらに細められ、白眼視されているようにも見えるが、気のせいに違いない。
牛肉を食べた今の俺は貴族。そう、肉貴族だ。
貴族らしく次の豚肉を優雅に口に運ぶ。
一噛み、二噛み。
甘い・・・!
濃厚だった牛肉と打って変わり、あっさりとした軽い口当たりの先にとめどない甘さが待ち構えていた。
スパイシーなカレーであるからこそ、豚肉の甘さが引き立ち、辛いはずのカレーが急に甘口になったような錯覚さえ覚える。
幼少期に母さんが作ってくれたカレーの甘さが脳裏に甦る。
「おいしいよ! かあちゃん!」
「誰がかあちゃんだ、誰が」
松田さんの目は細めを通り越して完全に閉じられ、眉毛がぴくぴく動いていた。
腕を組みながら怒りをこらえているかのようなその表情は、まさに実家のかあちゃんを思い出す。
こわいよ、かあちゃん。
これ以上松田さんの怒りが表面化する前に次のお肉に行っておこう。
最後の肉は鶏肉だ。
皮目をこんがりきつね色に焼いたモモ肉は、調理段階から食欲を刺激してきた。
そのまま塩を振って食べたい衝動と格闘しながら、なんとかカレーまでこぎつけたのだ。
否が応にも期待は高まるというもの。
ルーもたっぷりと載せたモモ肉を一気に頬張る。
「・・・・・・!?」
え? 嘘だろ? 冗談だろ?
これ・・・『臭い』
モモ肉を噛み締めた瞬間、口腔内に鶏肉の臭みが充満し、一瞬思考が停止する。
しかし、すぐにこれが『いつも食べていた鶏肉の味』であることに気付いた。
ああ、そっか。鶏肉って旨味もすごいけど、独特の臭みがあったんだ。
これが鶏肉しか使っていないチキンカレーなら、はたまた焼き鳥であれば、ここまで衝撃的ではなかっただろう。
図らずも同じ味付けで牛肉、豚肉と順番に食べてきた結果、肉の持つ臭みを敏感に感じ取ってしまった。
なんてことだ・・・いや、鶏肉は美味い。この一口もおいしいことには違いない。
しかし、他の肉との違いを知ってしまった今、このミックスカレーに寄せていた期待は無残にも散ってしまった。
松田さんがこちらを怪訝そうな顔で覗き込んでくる。あまりのショックに表情が消えてしまったからだろうか。
いや、ここで立ち止まっていてはミックスカレーの真髄を知ることができないかもしれない。
気を取り直して、カレーを食べ進めていく。
パクリ・・・甘い。
パクリ・・・ジューシー。
パクリ・・・甘い。
パクリ・・・くさい
一口ごとに味の違いがジャブのように味蕾を襲う。
これはなんだ、俺は今一体何を食べているんだ?
一口ごとに予想した味と現実のギャップが俺の脳内を混乱に陥れる。
このままじゃいけない。
わざわざミックスしたんだ。全ての肉を一匙で食べれば、口の中で素晴らしい化学反応が起こり、今までに感じたことの無い幸福な味わいを堪能できるに違いない。
そう信じた俺は、3種の肉を一気に口に運んだ。
一噛み、二噛み。
そこに生まれたのは『無』だった。
何だ? 俺は今何を食べているんだ?
カレーの香りはあるものの、まったく味のしない肉の食感を持つ何かをひたすら噛む。
これはどういうことだ?
まさか、味が調和するどころか、互いに足を引っ張り合ったあげくに、プラスマイナス0の状態になったとでも言うのか!?
混乱する頭のまま、口腔内にある塊を無理矢理飲み込む。
傍らに用意してあったコップの水を半分ほど喉に流し込み、一息つく。
「これは・・・マズイ!」
「やかましいわ!」
堪忍袋の緒が切れた松田さんのゲンコツを甘んじて受けながら、俺はこの世の真理の一端を垣間見た気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
結論
というわけだ、諸君。
私がこの実験において得ることのできたのは『混沌』だった。
信じられないのも無理はない。
私自身、1+1+1が3ではなく『0』になるとは夢にも思わなかったのだ。
相乗効果をもたらすどころか、対消滅を起こしてしまうとは・・・
まさに宇宙の神秘をこの目で、いや、この舌で味わった。
よってここに断言しよう。
ミックスカレーを作ると地球は滅亡する(まずい)
キバヤシは正しかった・・・
※作者注
実際に作って食べた感想です。
真似をするのはお勧めしません。 m(_ _)m