この10月に多かった話の傾向から
本日のブログの記事をほぼそのままですが、こちらにもアップします。
人に「あぁ言われた、こう言われた」って問題視しているっていう状態の。
実は問題視っていうより正直腹が立ってしょうが無いっていう状態ですっていう告白の。
その先を聞いていると、その人に対して「あの人は私のことをわかってない」「私がどれだけか頑張ってきて気が付いたことに、それを今ようやく気が付いたばかりの人にあなたはまだ気が付いていないようだけれど…って言われた時の落胆と怒りと」っていう今のこころの中にある様々な感情を吐き出してくれました。そんなことがここのところ時々あります。空模様も関係ありますね。(占星術のお話です)
どんな感情も「ある」を味わうことは重要なことのひとつです。
今の自分の内から溢れ出ているものをあると認めて、そうして「そうか私はこんなにもこだわってるんだなぁ」「そんなにこんなに怒ってる、その奥には寂しいがあるんだなぁ」っていう感じで、たくさんを味わってその存在を「ある」として「あっていいんだよ」って言ってあげてください。
その感情そのものに自分がなってしまったとしたなら、その感情に「そう言ってあげる」という立ち位置を体験することは無いでしょう。
その怒りそのものに同化してしまったなら、一緒に居ることを選んでしまっていたなら、それは「ただただ腹が立ってしょうが無い」という体験になるでしょう。
この場合は自分が自分に向かうということは起きていないのです。「私」を見失っている状態です。そして自分を傷つけたと思える「言動」や「それを発した人」を責める気持ちが湧いてきてしまいやすいでしょう。
さらに「私は間違っていない」「私の方は悪くない」という説明に言葉数が増えてしまうかもしれません。もちろん悪くなんか無いのです。ひょっとしたら自分のこと、一番責めてしまっているのは他者では無く、正しさを教えてくれた過去の誰かや自分自身なのかもしれません。そんなことを聞いても「あれ? それは何のことを言っているのかな、なんだか話がよくわからない…」って思うことがあるかもしれません。
まずは、ひとつ試してください。腹が立つ相手に「間違ってるからわからせたい」ということで力づくで言葉や社会的なことを使って負けさせて自分の正しさをわからせようとするのでは無く、ほんの少し立ち止まりましょう。始まりは深呼吸です。ゆっくり、静かに、3回ほど手元を止めて、ゆっくりと吐いて、自然に吸い込んで、そんな深呼吸をしましょう。
早くなんとかしなくっちゃって思うかもしれないけれど、焦らなくても大丈夫です。何も壊れたりなどしないから、失われたりなどしないから、まずはゆっくりと呼吸しましょう。大丈夫です。呼吸をゆっくりとしている自分が今ここに居ます。その自分を見て、呼吸に意識を向けてください。
この体験から「自分が実は拾いものをしている」っていうところに意識を向けてみませんか?
自分がより成長出来る可能性のある気付きやヒントがそこには実は存在していて、それは自分を傷つけたり怒らせたりしている出来事と一緒にやって来ていたっていうこともあるよって考えてみましょう。すぐには辿り着かなくても、辿り着けないと思っても、大丈夫です。出来るか出来ないかが重要なわけではないから。
いつかその体験からも何かを学んでしまえる時が来てしまうのかもって考えてみましょう。今はそう思うことなど出来なくても。可能性っていう芽はわざわざ摘まないっていうやり方もあります。
私たちには目の前にも後ろにも、他の見えないところにも、自分を活かす可能性あるものが数え切れないほど存在しています。
わかりやすい答えや形も無いというのに、自我よりも大きな世界に生きる自分の生命っていう掴むことも出来ないような実感のない世界に、どうしても向かいたいと思ってしまうという場合には、ヤムニヤマレヌ衝動が「証」を知っているからなのでしょう。いつか諦めない限り出会いはあるもの。
誰かと比べることなんて、誰かとの勝ち負けなんて、社会活動の中で思う存分やればいいし、それはイケナイことでは無く、全くもってやっていいことです。欲しいものがあるなら手に入れに行きましょう。
こちらにも色々書いて置いています。
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しばらくの間つぶやくでしょう。とは言え少ないかも。(笑)
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