超能力研究会 浮く 超短編
月曜日。全校朝礼の最中一通のメールが届いた。
「拓也。今日の放課後時間ある?」真奈美からだった。
放課後。僕の所属しているバドミントン部は月曜は基本筋トレだけだが、高校最後の大会前だから休む訳にはいかない。
「おい。柴田」担任の川口が僕のすぐ後で声を上げた。
慌てて僕はスマホをポケットにしまい、首だけ動かし頭を下げた。 川口はフンと鼻息を吐き出し、役目を終えたロボットの如く元居た位置に戻って行った。
朝礼が終わり、教室に向かう途中の廊下で真奈美に肩を叩かれた。「さっきはゴメン。私のメールのせいでしょ?」
「いや別に全然。てか、放課後、部活だけど」
「んー。んー。終わってからで良いよ。17時にカミナリ公園でどう?」カミナリ公園とは僕らの住む街にある公園の通称だ。昔その公園に雷が落ちたとか、近所にカミナリ親父が住んでいるだの、カミナリ親父が雷に打たれただの、名称の出所は不明だがまぁどうでも良い。
「リョーカイデス」と僕は今流行っている芸人のギャグを用いて真奈美に答えた。
放課後、部活を終えた僕はイヤホンをはめ自転車でカミナリ公園へと向かった。イヤホンから流れるボブディランが初夏の夕焼け空にマッチしていて心地良かった。
公園に着くと真奈美は一人ベンチに座って本を読んでいた。
「よう」僕が声をかけると真奈美は本を閉じてニヤリと笑いベンチの空いている部分をポンポンと叩いた。
僕は誘導されるがままに真奈美が叩いた場所に腰をかけた。
「あのさあ、拓也って今好きな人とかいる?」
「えっ?なんだよ急に、別に居ないけど」
「ふーん。そっか。そうなんだ。うんうん」真奈美はボンヤリとした表情のままボンヤリとした言葉を重ねる。
「なに?用事ってそれ?」
「あのさ。出来れば付き合って欲しいんだけど」
「え。なに?えっと付き合うって?どういう意味?」
「超能力研究所だよ」「は?」真奈美の満面の笑みの前に、僕は生まれて初めて落胆と安堵と疑問の入り混じった表情に成功する。
そのまま公園で少し真奈美の話を聞いた後、僕らは共に”超能力研究所”に向かうことになった。
真奈美の話を要約すると真奈美には今好きな人がいるらしく、その人を振り向かせたいが、どうすれば良いのか分からない。悩みに悩んだ末に超能力を使えば良いという結論に至ったのだという。
いったいどう悩み転べば超能力へと辿り着くのだろう。とは思いつつ僕は幼馴染のよしみで、という事にして付き合うことにした。
「拓也。多分ここだよ」真奈美はそう言い自転車を停めた。
「ほら」真奈美の指差す先に”柏木”の表札と、その横に”超能力研究会本部”というプレートが掲げられている。
「確かに」僕も自転車を停め真奈美とインターホンの前に並んだ。
僕が想像していた、いかがわしい前衛的な建物では無く、ごく普通の日本的な一軒家だった。
スマホで時間を確認すると18時を少し回っていた。「てか急に尋ねて来て大丈夫なものかな?」僕が真奈美にそう言うと真奈美は少し顔を曇らせ口を尖らせた。
「やぁ。こんばんは」その声と共に入り口の引き戸が開かれた。
急な男性の登場に真奈美と僕は驚いた口のまま顔を見合わせた。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ。さあ、どうぞ」僕らは誘導のままに家の中に入る。
「どうも。初めまして柏木です。適当に座ってね」そう言い柏木さんはソファに腰掛けた。柏木さんは少し白髪混じりで割と端正な顔をしている。
「えっと、初めまして柴田です」「初めまして牧野真奈美です」僕と真奈美は柏木さんの正面のソファに腰掛けた。
「あの、私たちが来るのって分かっていたんですか?」真奈美が尋ねる。「うん。まぁ僕は予知能力者だからね」
「えっと、柏木さんの予知能力って」
「柏木さん!私超能力を使いたいんです」僕の言葉を遮る様に真奈美が言い放つ。
「うん。話を聞こうか」柏木さん優しく頷きながら真奈美の話を聞いた。
「なるほど。ちなみに真奈美ちゃんは今まで超能力に触れた経験とかはあるかな?」
「分からないけど。多分無いと思います」僕はただただ二人のやりとりを見守る。
「うん。確かに無意識で超能力を使っている人も少なく無いからね。アーティストとか政治家とかね」
「はい。この本にもそう書いてありました。だからひょっとしたら私にも出来るかなって」真奈美は公園で読んでいた本を取り出し言う。
「うん。そうだね。正直なところを言えば超能力をゼロから使いこなすのは難しいんだ。大体の人は偶然か、気が付けば超能力が身に付いていた。みたいな感じなんだ。そして能力を限定して身につけるのは更に難しい」
「やっぱり難しいですかね?」真奈美の表情は相変わらず真剣だ。
「うん。そうだね。でも、全く無理というわけでも無い。例えばここには超能力の訓練に来る子もいるんだ。まぁ小学生ぐらいの子が多いかな。若ければ若いほど能力を開花させやすいんだ」
「若い方が良いんですか?」
「うん。やっぱり若い方が混じりっ気が無い分、素直に物事を受け入れやすい。疑う心が能力の発動を邪魔するんだ」
「なるほど」「なるほど」
「とりあえず少しの間ここで訓練してみるかい?」
真奈美は僕の方をチラリと見てから「はい。よろしくお願いします」と答えた。
「もちろん。拓也も一緒だよ」
「え?」
「ねっ?」
「あ、じゃあ、よろしくお願いします」
「うん。もちろん歓迎するよ」
それから放課後、真奈美は毎日の様に訓練へと向かい、僕は部活が終わり次第合流する。日曜日は午前中から訓練に参加し他の子たちと昼食を一緒に食べる事もあった。訓練生という訳では無いと思うけど、よく尋ねてくる加奈子さんは僕たちよりも年上でみんなに優しくて綺麗な人だった。この和気藹々とした空間は単純に居心地が良く楽しかった。
超能力の訓練の内容はカードを使ったり、時計の針をずっと見つめたり、水に手をかざしたりと色々なものがある。真奈美はテレパシーを身に付けたいらしく、僕や加奈子さんに手のひらを向けて念を送ってくる。
真奈美の真剣な表情に僕も加奈子さんも時々思わず吹き出してしまう。もちろん真奈美は怒る。
ある日、部活を終えいつもの様に”超能力研究所”に訪れると「拓也!大変出来た」と真奈美がドタドタと玄関のほうに走ってきた。
「え?成功したの?」
「うーん。なんか違うけど、出来たの」真奈美は少し恥ずかしそう言う。
奥の部屋から加奈子さんの声がする。
部屋に入るとソファに柏木さんと加奈子さんが向かい合って座っていた。
「こんばんは。部活お疲れ様」
「こんばんは。えっと、それで真奈美が成功したって?」
加奈子さんはふざけた感じで手を広げ「とくとご覧あれ」と言う。
柏木さんも少し笑っている。
「拓也行くよ!」そう言い真奈美は加奈子さんに向かって手をかざした。
すると加奈子さんの髪の毛がフワリと浮き上がった。
「ね!ね!凄くない?」
「え、いや、なにこれ?」
「これはサイコキネシス。物を動かす能力だね」柏木さんが戸惑っている僕に向かって言う。
「こんなに短期間で出来る様になるなんて凄いね」加奈子さんの言葉に真奈美はエヘンと威張ってみせる。
「ちょっちょっと待って、これって別に好きな人を振り向かせる能力じゃないだろ?え?物理的に首を振り向かせるみたいな事?」
「んー。まぁ、ねえ?どうしようか、えい!」真奈美は僕に向かって念力を送る仕草をしてきた。
「やめろって」僕は両手でそれを振り払う。
「拓也君何も変化無い?」加奈子さんは僕と真奈美を交互に見つめる。
その瞬間。真奈美は僕の髪の毛では無く、間違えて僕の心を動かしてしまった。
なんて事は言わない。
僕は真奈美としばらく目があっていた事に気付き慌てて目を逸らした。
「ふーん。ダメかぁ。まぁ練習あるのみですね」真奈美は柏木さんにウインクを送りながら言った。
「うん。そうだね。でも、すぐに上手くいくと思うよ。すぐにね」
「柏木さんが言うなら間違い無いわね」加奈子さんも真奈美にウインクを送る。
「まぁ僕は予知能力者だからね」
「んー。なんだかなぁ」僕はウインクが出来ない。
「あー、今日は疲れたしもう帰ろっか。ね?拓也」
外へ出るとまだ少し空は明るかった。
「夕焼けが綺麗だね」
「え?何?拓也急にどうしたの?」
僕は無意識に口から出た言葉に驚いた。
「いや、別に」僕は反射的に目を細めしかめっ面を送る。真奈美の笑顔が眩し過ぎるからだ。
危ない。また変な事を口走りそうになる。
「変なの。さっ帰るよぉ!」真奈美はおどけた声を出し自転車を漕ぎ始める。
僕は見送りに出てきてくれていた柏木さんと加奈子さんに軽く会釈をして真奈美の後を追った。
しばらくして真奈美との自転車が横に並んだ頃。夕焼けがいたずらに僕の頬を余分に赤く染めさせた。
「ねぇねぇバドミントンの羽なら浮かせれるんじゃない?」
「え?」
「私の能力って拓也の試合に協力出来るんじゃ無い?」
「なんだよそれ」
「だってこの能力それくらいしか使い道思いつかないもん」
「んー。どうだろうね。まぁ遠慮しとくよ」真奈美が試合会場で一生懸命に手をかざしているのを想像すると、その可滑稽さに更に笑みが溢れた。