ラブレター 超短編
晴れた日曜日の午後。浩二は実家にて荷物の整理をさせられていた。
先日母親から必要な物以外捨てたいから見に来て欲しいとの連絡が来た。
今回実家をリフォームする際に要らないものをまとめて捨ててしまいたかったらしい。
浩二は必要な物を段ボール箱にまとめ、要らない物をゴミ袋に詰めていった。
ほとんどが要るようで要らないガラクタばかりだった。何故か集めていたアイドルのポラロイド写真やアニメのフィギアは業務的に次々とゴミ袋に投げ入れた。
録りためていたビデオテープやカセットテープも再生する機械がもう無いので断腸の思いでゴミ袋の方に入れた。
「ちゃんと分別してよ。」と母親が階段の下から言う。
分別なら今している。と思ったが、ゴミの分別の方かと思いゴミ袋を3つに分けた。
「ピアノはどうしようか?」階段の下からまた母親が話しかけてくる。
「ピアノか」そう呟き浩二は階段を降り、ピアノの置いてあるリビングに向かった。
浩二は3歳の頃からピアノを習っていて、高校卒業と同時に上京しバンド活動をしていた。バンドのジャンルはJAZZとHIP HOPを融合させたようなもので、浩二はピアノを担当していた。
ピアノはすっかり物置代わりになっていて、分厚い楽譜は鍋敷き代わりに使われていた。
ピアノの上にある荷物を床におろし蓋を開けた。
ピアノに触れる事が久しぶり過ぎて、浩二の手は少し震えていた。
蓋を開けると鍵盤の上に一通の手紙があるのを見つけた。
浩二のバンドは10年前、浩二が25歳の時に解散した。浩二は当時バイト先だった派遣会社にそのまま就職した。
手紙には「菊池 アイカ様へ」と書いてある。
「何それ?ラブレター?」後ろから母親が覗き込み茶化してくる。
「んー多分。」浩二は平静を装いながら封筒の中身を出し中の便箋を開いた。
「拝啓 菊池アイカ様
僕はあなたの事を絶対に幸せにします。
僕は世界一のピアニストになって世界一有名になります。
それでも僕の愛はあなたにだけしかあげません。約束します。
だから僕と付き合ってください。
僕の作曲した楽譜を同封します。この曲はあなたの為だけの物です。」
何だ、この怪文書は。
見慣れた汚い字に浩二は赤面し辟易した。
何故楽譜を同封している?せめて録音したものを同封しろよ。
全く若さとは恐ろしいものだ。
結局恥かしくなったのか、とにかく相手の手に渡っていなかったのが何よりもの救いだ。
ただ浩二は純粋に真っすぐ夢を見ていた当時の自分を羨ましくも思った。
あの頃の俺は何を考えていたのだろう?
今の自分は当時夢に描いていた様な姿では無い。
と言うか、そもそも何を夢見ていたのだろう?成功による目も眩む様な豪華な家や食事、日々更新され訪ねて来る美女。
そうだったかな?
何故ピアノを弾くのを止めたのだろう?
大人になったからか。
大人になったのか?
成功できる様な作品を作る事が出来ない現実から目を背けていただけかもしれない。
時代のせいや周りの仲間のせいにしたり、常に言い訳を用意していた気もする。
成功とは何なのだろう?俺は失敗なのか?
浩二は次々と浮かぶ過去の記憶に悶々とした。
そして、ピアノの前に座りラブレターに同封してあった楽譜の曲を弾いてみた。
「あら、良い曲ね。意外とまだ弾けるものね。」母親は相変わらず茶化してくる。
良い曲か。
確かに良い曲だな。
「浩二、そう言えばあんたそのラブレター誰に渡すつもりだったの?母さんの知ってる子?」
浩二はピアノを弾く手を少し緩めながら
「んー。いや、これは俺宛ての手紙だな。」と答えた。
「なんじゃそりゃ。」母は台所でコーヒーを淹れながら言う。