
国家浄化省 超短編
ビルの屋上で少年がスマホを片手に呟いている。
これで全部が終わる。僕が死ぬ事によってあいつらも社会から報いを受ける事になる。後はSNSに僕の告白動画をアップするだけだ。これで全部が終わる。
「よう、元気そうだな。いや違うか。近藤サトル17歳だな。」そう言って現れた男は上下黒のスーツをだらしなく着ている。
「おっさん。誰だよ。邪魔すんなよ。」思い掛けない男の登場にサトルは困惑する。
「まぁ粋がんなって、いじめられっ子。別に邪魔しようって訳じゃないんだ。むしろ逆だ。俺はお前の自殺を手伝いに来た。」
「え、止めるんじゃなくて、手伝う?普通逆だろ。」
「んー。まぁそうだな。それが俺の仕事なんだよ。なんだ止めて欲しいのか?」男は面倒臭そうに答える。
「ふざけんな。って事はあんた殺し屋かなんかなの?」
「馬鹿。誰がお前みたいな奴に殺し屋なんて雇うんだよ。俺はこういうもんだ。」
そう言い男はサトルに手帳を見せた。
「国家浄化省?なにそれ?」
「まぁ知らねえか。うん知らねえよな。国家機密だもんな。一応公務員なんだけどな。簡単に言うと絶対的弱者の排除だよ。」
「絶対的弱者?」
「ああ、つまり国家繁栄の為に強い遺伝子同士をくっ付けて、より強い遺伝子を生み出そうって訳だ。逆に言えば弱い遺伝子を排除すればいい。分かり易く真っ先にふるいに掛けられるのは、お前らみたいに自ら命を捨てようとする奴だ。俺達はその実務を担う省内の職員だ。」
「じゃあほっといてくれよ。勝手に死ぬから。」
「それが、そうもいかないんだな。お前らは大体失敗する。
自殺なんて簡単だと思ってるだろうが意外と難しい。お前は安易にこのビルから飛び降りるつもりだろうけど、運動エネルギーや体に掛かる負荷、気候その辺を全く分かっちゃいない。成功する可能性は70~80パーセントってところか。」男はタバコに火をつけながら話す。
「80パーセントもあるなら良いじゃないか。」
「馬鹿野郎。20~30パーセントも失敗するんだ。天気予報なら一応傘持って行こうかなのレベルだ。万が一生き残ってみろ医療、消防、警察、何人の人間が巻き込まれると思う?金がかかって仕方ない。お前なんかの為にムダ金も良い所だ。」
「なんだよ、じゃあやめた方が良いって事?」
「いや、それは困る。俺達の仕事は予め自殺しそうな奴をピックアップしておいて行動に移す時に安心安全な自殺を提供する。予算的にもそれが一番合理的なんだとよ。だから、とりあえず死んではもらう。」
そう言い男は拳銃を取り出した。
「それで僕を殺すのか?」
「なんでそうなるんだよ。それじゃあ俺が人殺しになっちまうじゃないか。お前が使え。それで頭を撃つのが一番確実だ。」そう言い男は床に拳銃を滑らせサトルに送った。
「これが拳銃か。」サトルは拳銃を拾い上げまじまじと見つめた。
「どうした?怖くなったか?」サトルは男の質問に答えない。
「ああ、後お前イジメられてる動画とか遺書的な物あるだろ?それ全部消してくれな。」
「なんでだよ。これをSNSで拡散しなきゃ意味が無いんだ。僕が死ぬってのはあいつらへの仕返しなんだよ。」
「バーカ。だからだよ。あいつらは悪いかもしれないけどパワフルで打算的だ。狡猾で意地汚い。
そういう奴が国家の繁栄の為には不可欠なんだよ。ああいう強い遺伝子が。お前をイジメたくらいであいつらの人生を足止めさせる訳にはいかない。」
「そんなの無茶苦茶じゃないか。」
「ああ、でもそれが真実だ。強い者だけが救われる。受け入れろ。」
「馬鹿馬鹿しい。」
「まあな。確かにみんな馬鹿だ。でも、何の意味も無く死ぬお前が結局一番馬鹿だけどな。
そろそろいいか?次の現場もあるんだ。この時期何かと忙しくてな。」
サトルは泣きじゃくりながら男の事を睨みつけた。
「おお、怖いね。良い顔するじゃねえか。
お前さあ、どうせ死ぬつもりなんだったら最後にその銃口を自分じゃ無くて相手に向けてみたらどうだ?」サトルは男の台詞に目を開いた。
「でも、僕はここで死ななくちゃダメなんだろ?」
「いや別にそれはお前の勝手だろ。さっきも言ったけど別に俺は殺し屋じゃねえよ。
俺の仕事は自殺しようとしてる奴を見つけ出して手伝う事だ。死ぬ気が無い奴に無理に死んでもらう必要はねえよ。」
「でも、仕事なんだろ?弱い遺伝子を排除ってのが。」
「まあな。でも、俺が思うに、ここから立ち直れる奴はきっと強い遺伝子の持ち主だ。」男はまたタバコに火をつける。
サトルは真っ暗な空を見上げて大きく息を吸った。
「そっか。でも拳銃は返すよ。」サトルは地面に拳銃を置いた。
「なんだ、やめるのか。」男は小さく頷きながらサトルに近付き拳銃を拾った。そして眉間にしわを寄せながら言う。「あのなあ、実はここだけの話。」
「何?」
「どうやら俺は省内で一番成績が悪いらしい。」
「だろうね。」
「ちくしょう。また始末書だ。」
男の情けない顔を見てサトルは久々に笑った。
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