九死に一生　超短編

　俺は取り返しのつかない無い事をしでかしてしまった。出来る事なら今すぐにここから逃げ出したい。だがそんな事をしても事態は何も解決しない。なんとか時間が戻らないだろうか。無理に決まっている。全てを受け止めるしか無いのか。

　至極真っ当に生きて来たつもりなのに何故こんな事になってしまったのだろう。

　今日は会社の忘年会があって、そう一次会ではフグ鍋を食べて、そう、ヒレ酒を飲んだ。二合くらいだったか。その後二次会でカラオケバーに行って。そう、受け付けのマドンナコンビ、ミナちゃんとレナちゃんも一緒だった。

　そのせいだかみんなも普段より飲むペースが早かった気がする。もちろん社長も気分よく飲んでいて今日は無礼講だから普段の不満をぶち撒けたい奴はどんどん言えって。それで俺の番の時に社長から腰が抜けるくらいに叱られたんだ。

　見兼ねた先輩たちに外につまみ出されたんだ。店の外で一人で泣いていると経理の聡子さんが慰めに来てくれて、聡子さんキスをしようとしたら思いっきり頬を引っ叩かれたんだ。

　あぁダメだ頭が痛い。何故こんなに酔ってしまっていたのだろう。

　

　その後みんな3次会に行くと言うので俺も行ったんだ。聡子さんにはもう帰った方が良いと止められたけど、社長はもう帰るとらしいので大丈夫だろうと言う事で一緒に連れて行ってもらったんだ。

　その道中で喧嘩になった。相手は学生だろうか？３人組だった。確か肩がぶつかったとか、目が合ったとか、そんな具合だったか？

　俺が相手の一人を殴った所で残りの二人に羽交い締めにされた。いや、同僚だったか？いまいち思い出せない。結局皆に止められて、流石に3次会は無理だと帰されたんだ。

　そこで帰れば良かったものの、俺は帰らずに一人で目に付いたBARに入ってしまったんだ。

　俺はカウンターに座りバーボンをロックで注文した。一つ席を開けた隣の席に女の子の二人組が座っていたんだ。

　どんな流れか覚えていないがその子達とテキーラのショットを飲み合う事になり次第に俺は意識を失った。

　しばらくしたのだろうか、俺は乱暴にマスターに起こされた。テキーラの女達の姿はすでにそこには無かった。

　マスターの両腕にある刺青が目に入り少し酔いが覚めたが、俺は思いの外に多額の会計を済ませ外に出てタクシーを拾った。

　家の前に着きタクシーの運転手に起こされ、車を降りた。

　そこまでは覚えている。では何故こんな事になったのだろう？

　そうだ。タバコだ。

　家の中に入り酩酊状態のまま習慣的に冷蔵庫からビールを取り出しソファーに腰掛けた。

　勢い良くビールを流し込むと同時にタバコが切れている事に気付いた。

　タバコは絶対に必要だと外に出るが、足元がおぼつかない。歩いてコンビニまで辿り着くのは困難だと判断した俺は車に乗り込みエンジンをかけた。

　

　そして今。気が付くと俺は警察の取調室に居た。

　俺の運転していた車は駐車場でブレーキを掛ける事も無く、そのままコンビニの自動ドアからレジの前まで突っ込んだらしい。店内は深夜にも関わらず混雑していたらしく多くの人が俺の車の下敷きになったらしい。今現在４人の死亡が確認され他にもまだ多数の重傷者がいるらしい。俺もフロントガラスにぶつけたらしく頭を怪我しているが、刑事曰く俺が一番軽傷者らしい。

　無茶苦茶だ。酒に酔っていたとはいえ、まさか自分がこんな事件を起こしてしまうなんて。いや、酔っていたから起こしたのだ。あぁ信じられない。

　何度も祈りながら目を閉じてみる。

　何度目を開いてみても視界は同じ殺風景な取調室のままだ。

　俺は犯罪者になってしまった。いや、凶悪犯罪者だ。歴史的な事件になるのかもしれない。と言うかこれは死刑になるのでは無いか。

　俺は生まれて初めて真剣に神に祈った。

　どうか私を助けてください。

「ふむー、この男は一体何を言っているのだ？」

「全くですね。多くの人を傷つけ殺したと言うのに、あろうことか自分自身の助けを求めるなんて、気が触れているとしか思えません」

「ふむー、困ったものだな。だが、仕方ないか。一度だけ本気は皆平等に与えているのだから」

「まぁ一度だけ本気ですからね。コイツならどうせまた同じ様な事をしでかすでしょうがね」

「ふむー、まぁまぁ仕方が無いか。よし！チョイなチョイなのチョイ」

　俺は取り返しのつかない無い事をしでかしてしまった。

　よりによって飲酒運転で捕まるなんて、事故こそ起こさなかったものの、免許を取り消された上に高額な罰金。会社にもバレて仕事もクビになってしまった。あぁ正月早々お先真っ暗だ。

　でも、何故だろう。もっと悲惨な未来があった気がする。これより悲惨な？まさか。でも、そう考えれば少しは気も紛れる。そうだ今年は久々に初詣に行こう。