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#高安動脈炎闘病記 16

16.ちゃんぽん800円


退院したからといって、すぐに何かを始めることはできない。
ただ病院の外に出ただけの病人であることに変わりは無い。

手術を終え、心臓は新たにカチカチと時計の針のような音がするようになった。
機械弁が動いている証拠と思うと、なにか悍ましくも僕のために動いてくれているんだと思えば可愛くも聞こえてきた。
弁に名前でもつけてあげようか。
だが、たいしたセンスはないのでひとまずはいっか。


基本的には自宅療養の日々、といいつつも様々な手続きだったり、身体を動かしたりしたいので外に出なければならない。
そしてなにより、僕には行きたい場所がある。


退院して1週間。
車で約1時間半、親友の営む料理店へ向かった。術後ということもあり、病院までの移動距離を最長としていたが、この日を境に行動範囲を大きく広げた。
(後にわかるが、だいぶ遠回りをして行ったようで、うまくいけばもっと早く着く)
初めて走る山道を走り抜け、時にはルートの誤りをナビに指摘されつつも、なんとか店までたどり着いた。

「おう」

僕の姿をみて、ぶっきらぼうに親友が声をかける。
連絡はしていたが、目測を誤り営業時間を終えて到着していた。
親友の父とはかなり久しぶりの再会だ。というのも、元々勤めていた飲食店にも2度ほど行ったことがあり、親友を交えて親父さんとも色々話をしたことがあるからだ。とはいえ、4年ぶりくらいの再会だろう。
2人は昼の営業を終え、昼食をとっていたが、親友に頼みちゃんぽんを作ってもらった。

「しょうがねえなあ」と、照れくさそうに準備をし、中華鍋を振る。
まだまだ覚束ないが、顔つきは真剣だ。
しばらくして、僕の目の前にどんぶりが置かれた。

絶妙に火が入り、シャキシャキとした食感の野菜。
もちもちとした麺にやさしく絡む口当たりの良いスープ。
ほんのりニンニクも効いている。


これから、僕の大好物は「ちゃんぽん」だ。



窓の外を、トロッコ列車が走る。
いつもと変わらない馬鹿話をしながらしばしの時間を過ごし、
800円を支払い店を後にした。

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