見出し画像

落書きのテンカウント

今日は肝臓の検査。
正直、思いあたる節がないこともない。
不摂生に起因するものであれば、いくらでも心当たりがあるからだ。
細かい食事制限が必要になるならば、いっそのこと料理の勉強がしたいと思った。自分の身体にあった、美味しいご飯を作れるようになりたい。同時にまだ、学びたい意欲が自分にあることに少し驚いた。

いつものように6時に目を覚ました。
結局今日もそこそこな睡眠時間。いや、昨日よりは寝てる。今日は朝欠食だから、体重測って顔を洗ったら薬を先に飲まないと...と考えていると「採血です〜」と看護師さんがやってきた。
漫画に出てくるクラス委員長のような彼女は、ひと言で言うと仕事ができる。
同室のおじいちゃんに話しかけられまくっていた僕にこっそり、大丈夫ですか?お部屋の移動はしなくていいですか?と声をかけてくれたり、だからといっておじいちゃんへの対応も親切で悪いわけではない。
血糖値測定で指に小針を刺すのだが、ひと目で使っていない指を判断して選ぶ。そういう細かい気付きを即座の判断で行う彼女を仕事ができる人だと感心して眺めていた。

ただ、今朝の採血は頭に無かった。
大抵前日には採血がある旨聞いているのだが、寝不足だったからかどうやら聞きそびれていたようだ。
少々不意を突かれたが、入院生活を送る以上、「いつ何時どんな採血でも受ける」
解釈違いのアントニオ猪木イズムを持った私は素直に受け入れた。
右腕で採血をすることに決めると、僕は自分のスペースの灯りを全部つけ、枕を腕の下に敷く。委員長はベッドの右側に周り、上腕に駆血帯を巻く。速やかに血管を探し消毒をする。
ちくっとしますよー、1.2.3と体感1秒のカウントダウンが始まり、数本分の血液を抜く。程なく採血が終わり、止血。腕を曲げて圧迫。委員長は電気を消す。
一瞬にして過ぎ去ったこのやりとりが妙に心地よく、
委員長も「スムーズに協力してくれてありがとうございます」とスピードワゴンもびっくりのクールさで去っていった。

かっけえー。


同世代のプロ野球選手の引退試合に涙を流し、寂しさを感じつつも
美しい去り方を選べる人達を羨ましく思えた。

入院中の数少ない五感を刺激するものが、食事だ。僕は、この食事を毎食記録するのが日課となっている。
朝から検査がある日は欠食となることが多い。外で生活していると朝食を摂らない日だって珍しくはないはずなのに、いざ食べれないとなるとバツが悪い。
ケミカルで苦い薬だけを流し込み、病室に運ばれてくる食事と逆方向に談話室へと向かった。

僕と同じような病気だけでなく、むしろ病棟にはガン治療などの患者、緩和ケアの患者が多数いる。(ようだ)
恥ずかしながら、緩和ケアという言葉をよくわかっていなかった。
進む時計の針を止めることはできなくても、感じる時間をゆっくりと進められるか、という治療だ。そう感じた。

ほとんどの患者が人生の大先輩たちではあるが、中には僕と同じくらいか、僕よりも若い子も見かける。



月並みな言葉だが、この世は不平等だ。
スポットライトの下で美しく退くことができるのは、もちろんその本人の努力や、才能や、
運もある。
僕はスポーツが大好きで、アスリートが大好きだし、はっきりいって彼らに気持ちを託すことで救われている。みな超人たちだ。
美しく、あたたかく見送られることは何より本人が勝ち取ったものだ。
手垢のついていない感謝と拍手を心から贈っているつもりである。

ただ、死ぬわけじゃない。
その道を極めるために、それ一筋で生きてきただろうし、血の滲む努力や痛みに耐えて戦った。結果としてその世界を去ることになっても、まだまだ先に人生がある。


「世の中には生きていたいのに死ななきゃいけねえやつ、生きたいのに死んでしまうやつがごまんといるんだよ!」

プロレスラー葛西純選手がリング上で激闘を闘い、血塗れになって、ぼろぼろになって対戦相手のエル・デスペラード選手に吐き出した言葉だ。


「死んでもいい覚悟なんて捨ててしまえ!
死んでもいい覚悟なんていらねぇんだよ。
そうすれば、お前はもっと強くなる」


デスマッチのカリスマこと、葛西純はデスペラードだけにこの言葉を吐いたわけじゃない。リング外、画面の向こう、文字を通して訴えたんだと思う。



うん、やっぱり不平等だ。
選びたくない死を受け入れるしかできないなんて、そんなのおかしい。
ただ、残念ながら現実はそうだ。



独り物思いに耽る談話室で、昨夜おばあちゃんたちが井戸端会議をしていた。


「もういつ死んでもいいって思っていたけど、ご飯がおいしくって、、、元気になっちゃった!長生きしなきゃね!」




あまりに不平等な世界だけど、
生きて帰るまでがデスマッチだ。
僕は必ず、勝ってリングを下りてやる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?