六祖壇経より 4

慧能を送ってきた五祖は、黄梅の寺に戻ったが、数日間は上堂(説法の座につくこと)せず、沈黙のうちに在った。
衆は心配して言った、
「老師、お身体の具合はいかがですか」
「大丈夫だ、病ではない。お前たちに言っておこう、ダルマ大師の衣法は、南に渡ったぞ」
「ど、どなたが受け継いだのですか」
「能(よ)くする者(ふさわしい者)がそれを受けたのだ」
弟子たちは気付いた、
「あの慧能行者(あんじゃ)だ!」

(大勢の弟子たちの中には、品行の良くない者達もいた。神秀先生が受け継ぐべきダルマ大師の衣鉢をあの行者が持ち去ったのだ、と憤慨した一行が、慧能の後を追った。それは五祖のコントロールを離れて暴走をし始めた。)

恵明(えみょう)という僧は、四品の将軍の子孫で、屈強かつ粗暴な性格の人物であり、一行の先頭に立って、南方に向かっている慧能を必死に捜索した。
慧能は、大庾嶺(だいゆれい)を通り過ぎるところであったが、明は何と、ここで追い付いてしまった。

そのとき慧能は、衣鉢を岩の上に投げ出して言った、
「この衣は、信を表したものである。どうして力で争うことができようか」
明は、衣鉢を持ち上げようとするのだが、どういうわけかビクとも動かない。明は、これまで経験したことがない未知のエネルギーに圧倒され、戦慄した。そのとき内側で何かがはじけ飛んだ。
明は、おもわずこう言っていた。
「行者よ、行者よ、私は法のために来たのです。衣のために来たのではありません」
慧能は、磐石の上に、ブッダのように坐した。
明は深く礼をして言う。
「願わくは行者よ、私のために法を説いてくださいませんか」

「あなたは法のためにやって来たと言いました。
それなら、あらゆる外的なものごと(結論)を手放して、思考を差し挟まないようにしてご覧なさい。そうしたら私はあなたのために説きましょう」

明は、しばらくの間瞑想に入った。
慧能は言う、
「明上座よ、善をも思わず、悪をも思わない、まさにそのような時に、あなたの本来の面目(本当の顔)は如何なるものでありましょうか」
明は、この言葉を聞いて大悟した。
「何ということでありましょう!今の秘された言葉と、秘された意味のほかに、何かまた別の秘密はあるのでしょうか」
「あなたに説いたのは、秘密なのではありません。もしあなたが自分自身の内側を照らして見るならば、その秘密はあなた自身の中にあることがわかるでしょう。」
「私は黄梅に在りながら、自己の本質を悟ることがありませんでした。今お教えを受けて、人が水を飲んで冷暖自知するように得悟することができました。行者はわたしの師であります」
「そうであるなら、私とあなたと、共に黄梅を師と仰ごうではありませんか。今日了悟したものを、よく護り養うことです」
明は、深々と礼拝して辞した。
明は、道を引き返して、追手の人々に言った、
「この道には何の足跡もなかった。別な道を行こう」

だいゆ れい 【大庾嶺】 ◇
中国を華南と華中に分ける南嶺山脈の東端にある山。江西省と広東省の境にあり,交通の要所。梅の名所で知られる。梅嶺。ターユイ-リン。

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