【事例紹介】「#酔っぱらいではありません」(後編):病気への誤解を減らすパスケースの発表と、これからのこと。
こんにちは、「PRAP OPEN NOTE」編集部です。
今日は前回紹介した脊髄小脳変性症(SCD)と多系統萎縮症(MSA)の認知啓発に向けたプロボノ活動「#酔っぱらいではありません」プロジェクト紹介の後編。(前編はこちらから)
患者さんの実体験をもとにした「酔っぱらいではありません」というコピーの開発、パスケースの制作後、クラウドファンディングを開始したところからお話をお聞きしていきます。
——クラウドファンディング開始から2週間で目標金額に達成したとのこと。改めておめでとうございます。クラウドファンディングを始めたときの気持ちをこの際なのでお聞きしたいです。
渡辺:僕は、目標は達成するだろうと思っていました。「酔っぱらいではありません」という強い言葉の力があって、デザインにも力があって、もちろん当事者である清野からも強い発信がある。絶対うまくいくと思っていたけれど、目標を超えられたのは本当によかったです。
北川:実のところ、どうだろう、うまくいくのかな、という気持ちはありました。
最近のクラウドファンディングってスタートアップ支援や新商品発表に向けた気軽な活動が多い。我々が実行したようなプロジェクトもあるのかもしれないけれど、埋もれてしまっているように感じます。だからこそ、今回のクラウドファンディングを通じて、世の中捨てたもんじゃないなと感じましたし、達成までの支援状況は本当によくチェックしていました。(笑)
——クラウドファンディングスタートは2020年の4月末。初回の緊急事態宣言が発令された時期でした。
持冨:この状況下でプロジェクトをスタートして、果たして応援されるのか、共感されるだろうか、っていう心配はありました。飲食店が閉店を迫られていたり、医療従事者の方が大変な思いをしていて、コロナ禍の困りごとに世の中の関心が集まっているタイミングだったので。
それでも、実行する意義があると信じて始めたクラウドファンディングでしたが、「応援されやすい」かどうかという部分は、本当に大事だったと思っています。
「SCD/MSAを知ってください」ではなくて、「患者である清野さんは酔っぱらいと誤解される悩みがあるんです」と発信したからこそ、「清野さんを応援したい」「清野さんのようなSCD/MSA患者さんを応援したい」という協力者を集めることができたと考えています。
——このプロジェクトは、清野さんの地元である山形県を中心に複数のメディアで報じられました。「#酔っぱらいではありません」というコピーと、制作したパスケースを世の中に知らせるにあたって、皆さんが事前に考えていたことがあれば教えてください。
持冨:世の中に対してどう受け止めてもらいたいか、どんなリアクションをしてほしいか、という部分は前もってメンバーで考えていました。特に検証したのは、誰かを不快にさせてしまわないだろうか、という点。お酒を飲んで本当に酔っぱらっている人のことを揶揄する意図はないことをあらかじめステートメントで伝えておくというのもそのひとつです。
今回はプロボノ企画なので、通常のクライアントワークのように利益を生む形ではないけれど、伝え方や発信のタイミング、リスクの検証まで、これまでのPR経験で培ってきたものが活かせるんだなと感じましたね。
渡辺:清野にも、メディアからはこういう質問がくるよと事前に話しましたよ。もちろん自由に取材は受けてほしいけれど、しっかり準備しておくことで本来の意図とズレて伝わってしまうような事故は防げるので。
彼は山形の患者会の代表なので、これまでも取材は受けていたけれど、「なるほど、ちょっとした言い方でも、こう言った方が伝わるのか」と、勉強になったと言っていました。そのまま生かされているかはちょっとわからないですけど。(笑)
——プラップジャパンではメディアトレーニングを長年手掛けていますが、伝え方の「ちょっとしたこと」で本当に大きく変わりますよね。
持冨:「酔っぱらいと間違われるんだよね」という会話って、これまでも当事者のみなさんの中にはあったはずなんですよね。でも、みなさんはそれを表立って話すことはしていなかった。「SCD/MSAとは身体が徐々に動かなくなってしまう病気です」という説明を、「酔っぱらいではありません。SCD/MSAの症状です」という説明に変える。僕らのプロジェクトって言ってしまえば、ただそれだけのことなんですよね。でも伝え方を変えるだけで、病気と社会の関係性が良い方向に変わっているという手応えがあります。
——「#酔っぱらいではありません」という言葉を起点に、清野さんのことを知って、SCDやMSAのことを知ろうと動き出す人が出てきて、世の中がよい方向に変わっていった活動とも言えますね。
北川:「#酔っぱらいではありません」は、SCDやMSAの特徴的な症状を訴えている言葉です。人を惹きつけて、なんだろう?と思わせる力がある。お金やマンパワーが限られている状態でも、この言葉を求心力に、クラウドファンディングで知らない人がお金を出そうと思ってくださったり、記者の方が懇切丁寧に取材をして、記事を書き上げてくださったりしている。これこそがPRの力なのだなと、改めて実感したプロジェクトになりました。
渡辺:本当にそうですね。僕が一番感動したのは、毎日新聞の山形支局の記者さんに、清野を取材してもらったときのこと。取材の後日談として、その方ご自身が、障害を持った方の役に立ちたいと思って新聞記者を志したということと、今回清野に会ってその頃の初心を思い出した、といったエピソードを書かれていたんですね。
ありがたいことに、やっぱり記者さんの熱量は記事にちゃんと表れてくるし、これこそが広報・PRのパワー。広告では実現できないことだと思います。
お金主体で面白いものをつくるというコミュニケーションも、世の中にはもちろんたくさんありますが、今回はお金がなかったからこそ、本質に近づけたと感じています。
——いいお話‥!
持冨:病気そのものというよりは、清野さん個人をフォーカスしたおかげで、これだけ人の心を動かしたり、実際に応援しようという行動につながっている。個人の問題が、みんなに共感されることでパワーを発揮するプロジェクトだと思っています。
最初に構想していた、SCDの患者さんのハッカソンやコンサルファームを作りましょうといった企画だったら、こんな風に広がることはなかったかもしれないですね。
——患者さん個人の言葉から、「酔っぱらいではありません」というコピーが生まれて、パスケース、そしてクラウドファンディング、と世の中ゴトに広がっていく。今後もっと世の中ゴト化させるために、お三方が描いている次のステップを教えてください。
持冨:僕個人が思っているのはすごくシンプルで、このパスケースを1人でも多くの患者さんに届けて、使ってもらうということ。プロジェクト発表からもう1年が経ちますが、今でもパスケースが欲しい、というお問い合わせをいただくんです。お送りすると「街で怪訝な目で見られることがあるので助かりました」だったり、「大きめサイズでわかりやすくて使いやすい」と、患者さんやご家族に言っていただくことがあって。パスケースが当事者のもとに届くことで、価値が生まれるんだなと改めて感じています。
——クラウドファンディング実施当時は、緊急事態宣言下でなかなか外に出られなかった時期ですが、これから先、もっと外に出られる状況になれたら、パスケースを使いたい人や、使用されるシーン、そしてそれを目にする人が増えていきそうです。
渡辺:将来的に何をしていきたいかの答えではないですけど、僕は以前持冨さんと話したときに「このSCDっていう病気が“あの酔っぱらいの病気でしょ”」って言われるようになったらいいなって話になったことを思い出しています。「患者さんたちは、なによりもSCDのことを知ってほしいと思っている」ということを清野から、そして東京でSCDやMSAの患者さんたちにお話を聞いたときからずっと強く思っています。
——たしかに。いつか「あの酔っぱらいの病気でしょ」って言われることを想像しただけで、私まで誇らしい気分になります。
北川:持冨さんと渡辺さんにほとんど喋られてしまったので(笑)、僕は別の視点から。
昨日、たまたま緑色のヘルプマークっていう記事を見つけたんです。これは、「僕たちお手伝いしますよ」っていう意思表示のカードで、患者さんが付けている赤いヘルプマークの返句として素敵なアイディアだなと読みました。
ヘルプマークの認知が広がっているから、この緑のヘルプマークのように次の動きが出てくると思うんですよね。このパスケースは、まだそこまで広がりを見せていないけれど、まずは持冨さんが言うように、1人でも多くの方にプロダクトを渡したいし、その先が見られるなら、もちろん見たい。このパスケースが広がった先のこともまた同じメンバーで考えられたらいいなと思っています。
——ひとりでも多くの患者さんにパスケースを手に取ってもらう。そして「酔っぱらいではありません」と、伝えてもらう。そんな風に広がっていくのを想像するとワクワクしますね。
持冨:ちなみに僕たちはTwitterのアカウントを持っていて、フォロワーのアカウントがちょうど100人を超えたところです。一般的に考えると少ない数字ですが、この100人ってほとんどが患者さん、当事者の方なんです。その方たちがフォローをしてくれて、このプロジェクトに対して興味をもって応援してくれている。清野さんお一人の力が100倍になって、仲間を増やすことができたことがとてもいいことだったと思っています。
この仲間がいると、今後アクションしたときの広がり方っていうのは一人のときよりももっと増幅されているはず。まずはコツコツと広げていきたいですね。
最初はたった3人でスタートしたプロジェクトが、徐々に仲間が増えていくまでの軌跡をお聞きできました。最後に、今回のプロジェクトの発起人である清野東至さんから、「#酔っぱらいではありません」という言葉への想いと、プロジェクトを通じての反響についてお話いただきました。結びとしてご紹介します。
清野:皆さん、このたびは「#酔っぱらいではありません」プロジェクトにご協力いただき、ありがとうございます。「#酔っぱらいではありません」のパスケースを作成して以来、色々な人がクラウドファンディングに協力してくれているのを再認識させられました。
最近ZOOMで日本各地の患者会の人たちと話す機会があり、「実は私も協力していたのだ」という人がいて嬉しく思いました。また私の学生時代の友人たちも密かに協力していてくれていたことも後になってわかりました。
パスケースもいろんな人から欲しいと言われます。山形の患者会のメンバー、職場の同じ病気の同僚や突然に栃木県の人からメールが来たりと。あるときは、若い患者の母親から「同じ病気を遺伝した長男が喜んで身につけております」とメールが来ました。これには私のほうが身につまされるものがありました。私も、彼と同じく母親からの遺伝だったからです。この子が大きくなったときには、もうすでに克服した病気にしておかなければと決意を新たにしました。
最後になりましたがこの場をお借りして、素敵なデザインを描いてくれた北川さん、私の拙い文章を読みやすいものにしてくださった持冨さん、そして勇気と高級なシャインマスカットを病院に差し入れてくれた渡辺さん、支えてくださった関係者の皆さん、プラップジャパンのスタッフの方々に厚く御礼を申し上げます。とともに、これからもよろしくお願いします。
清野さん、コメントをお寄せくださいまして、どうもありがとうございます。「#酔っぱらいではありません」というキャッチコピーとパスケースが、患者の皆さんに届いていることを清野さんからもお聞きできて、PRの力の強さを改めて実感しています。今後の活動にも期待していますし、これからもずっと応援しています。
「PRAP OPEN NOTE」では、世の中で起きている問題をコミュニケーションの力で解決するためのアイデアや、実現するための世の中の仕組みをこれからも考え、行動していきます。課題の大小や認知の度合いに関わらず、どんなことにも向き合っていきたい想いです。
相談してみようと思ってくださる方や、一緒に考えて試行したいと感じてくださる方がいらっしゃいましたら、お気兼ねなくご連絡をいただけますと幸いです。
「PRAP OPEN NOTE」編集部(open_note@prap.co.jp)