
ぬくぬくの湯気の向こうには ~鍋ものとワインの楽しみ方~
[東海総研マネジメント 1999年2月号掲載]
寒い夜にはやっぱりお鍋。
ふたりきりでも仲間同士のパーティでも、ぬくぬくの湯気を囲めば、心まで温かくなる。旬の魚で寄せ鍋にするもよし、お肉をたっぷりと味わうもよし。そこに、ブームのワインを取り入れれば、ちょっと気のきいた演出ができる。
ところで、鍋ものと言っても幅が広い。すき焼き、水炊き、てっちり、寄せ鍋など。ワインをお鍋の席に差し入れするならば、メインの食材に合わせて選ぶのが基本だ。たとえば、鶏の水炊きには、風味がシンプルで、味わいにボリュームのあるものを…。ブルゴーニュ・マコン地区の白や、カリフォルニアのソーヴィニオン種の白。値段も手頃で、汗をふきふき、ガブガブと飲みたい席に向くタイプだ。
てっちりには、南フランスの白。ローヌ地方のシャトー・ヌフ・ド・パープのように、酸味が柔かくて、濃厚なタイプが合ってくる。すき焼きには、凝縮感のある熟成した赤が欲しい。ボルドーの上級シャトーも悪くないが、カリフォルニアやチリの、こってりしたタイプの方が打ち解けたムードには合う。
そういえば、昨年度の話題小説「失楽園」で、心中するふたりが最後に食したのは鍋ものだった。鴨鍋に、ボルドー地方の五大シャトーとして知られる、シャトーマルゴーを合せていた。シャトーマルゴーはとても素敵なワインだ。繊細でエレガントな個性が、世界中のワイン愛好家を魅了し続けている。しかし、鴨料理にはボルドーではなく、ブルゴーニュ地方の赤を合わせるのが定石とされる。
ブルゴーニュには、五大シャトーに負けない、ロマネ・コンティというワインがある。この素晴らしいワインを生む畑の所有権をめぐって、マリー・アントワネット妃と義理の息子のコンティ王子が争った逸話もある。1瓶数十万という高値を含め、この世で最後に飲むなら、ロマネ・コンティの方がよかったのに…。そこで、鴨鍋とブルゴーニュの相性を確かめることにして、仲良しの板長さんが腕をふるう割烹に出かけた。鴨鍋は板長さんの十八番(おはこ)だ。
ロマネ・コンティには手が届かないので、ブルゴーニュの男性的な赤、ポマール(トロ・ボー社/87年)を持っていく。熟成が進み、酸味の中にたくましい渋味が溶け込みはじめていた。鴨のきめがあってダイナミックな脂によく合った。でも、マルゴーもブルゴーニュも、甘みのある鴨鍋の出汁(だし)にはあまり合わないように思う。南仏ラングドックあたりの甘み感の強い赤や、いっそ甘い白が合うかもしれない。
そもそも、鍋ものは最後の晩餐向きではない。ふたりきりにしろ、仲間同士にしろ、鍋の湯気の向こうにはとびきりの笑顔が欲しい。だから、合わせるワインも気取ったタイプ、堅苦しいタイプよりも、うんと気軽で愛敬のあるタイプの方がよさそうだ。勝沼産、五一産の一升瓶ワインを空けて、時には豪快に騒いでみよう。
<今月のワインリスト>
コストパフォーマンスのよさが魅力の「新世界」のワイン。カリフォルニア、チリ、アルゼンチンなど、新興の生産地のワインが評判を集めている。
その中で、カリフォルニアは「もう新世界ではない」と言われる実力。老舗の国々よりもむしろ、合理的なワインづくりをしており、品質が安定している。
フェッツァー社のヴァラエタル・シリーズは、契約栽培をしている約250の「減農薬」農家の畑でできるぶどうから作られる。このシリーズのひとつ「ソーヴィニヨン・ブラン」は文字どおり、ソーヴィニヨン・ブラン種だけで作られるヴァラエタル品種名ワイン。爽やかで切れのいい口当たりとボリューム感が、魚介類をたっぷり使った寄せ鍋にぴったりだ。
一方、チリの名生産者サンタカロリーナ社が作る、レゼルヴァ デ ファミリア・シリーズは樹齢100年を葡萄樹のみから生まれる。「一族のための特醸品」として、かつては一般には市販されていなかった。果実味が豊かで、凝縮感に富む。こってりと煮たすき焼きにも太刀打ちできるたくましさを持ちながら、きめの細かい味わいが、バランスのよさを感じさせる。ところで、すき焼きの割り下には、赤ワインをたしておくと、相性がさらによくなる。
‘96バユオー社 ミュスカデ・ド・セーブル・エ・メーヌ シュール・リー“マスター・ドナシャン”¥1,940
‘96ロバート・ヴァイル社 リースリング“カルタ” ¥1,940
*ワインの価格は1999年当時のものです。
取材協力:丸栄百貨店/サントリー株式会社