少し専門的な熱解析の話
水や空気の流れはなかなか視認できません(※)。
さらにそれら流体が持つ熱の「伝わり方」となると、想像することさえ難しくなります。
今回はこれら熱の動きを視覚化する「熱解析」について解説します。
(※ 温度を色で識別する技術の話)
熱解析の種類
熱解析は大きく分けて2つあります。
* 熱流体解析
* 熱応力解析
熱流体解析では、流体と気体を対象とし熱の伝わり度合いを解析します。
反対に熱応力解析では、固体(構造物)を対象とし、ある温度分布状態における応力や変形など力学メインの解析を行います。
本稿では前者の「熱流体解析」について解説します。
熱解析の背景
熱解析の背景には技術進化に伴う熱流体問題の複雑化があります。
例えば、近年では部品の小型化、微細化により温度計測が困難になりました。また半導体技術も急速に発達し、高機能製品の発熱密度が増大しています。
このように従来の伝熱工学のみでは解決し難い問題が生まれ、現象の観察つまり温度可視化の必要性が増しました。
特に伝熱分野では非線形な現象をよく扱うため、直接的な観察が直感的な理解に繋がり、現象の本質を掴む一端を担います。
以上のような時代的動向・気運から、熱解析が発達しました。
熱解析の目的
主な目的として次のようなものが挙げられます。
・測定できない部品の温度把握
・試作回数の低減
・複雑な現象の視覚化と理解促進
・得られた知見の新規製品開発への活用
2つ目の「試作回数の低減」とは、試作品を作らなくても熱解析内で様々な条件における検討が行え、時間とコストの大幅な削減ができることを意味しています。熱解析は試験環境を自由に設定することができます。(例 高温や無風状態)
熱解析がまだ発達してない従来では、わざわざ試作品を用意して実験的に伝熱現象を確かめていました。
熱解析の実例
次のような例があります。
【機械関連】
・熱交換機器の熱交換効率問題
・異常熱による機器破損などの熱問題
【排熱関連】
・機器や密閉空間からの排熱・換気問題
【化学関連】
・化学薬品等の物質の混合効率問題
【気象関連】
・気象の風況・気温予測問題
・都市部におけるヒートアイランド問題,
伝熱の3形態
まず伝熱の基本形態について解説します。
熱の伝わり方は3つあります。
熱伝導
物体内において高温側から低温側へ熱が移動する現象です。熱力学第二法則により熱は必ず高温側から低温側に向かいます。
ミクロ的に原理を説明すると、熱が伝わる理屈は、物体中の繋がった分子同士で振動が隣の分子に次々と広がるためです。そのため分子同士が密に繋がった固体は熱が伝わりやすく、気体は伝わりにくいです。
対流
空気や水のように流動性のある物質で熱が運ばれる現象です。対流には以下の2種類があります。
・強制対流(ファン等の働きで強制的に流れる)
・自然対流(流体の温度差や密度差で流れる)
輻射(放射)
物体から熱エネルギーが電磁波として放出される現象です。
上記2つの現象とは異なり、距離が離れた場所にも熱が伝わります。また媒介物(空気や流体)も不要で真空中においても熱が伝わります。
太陽や電子レンジが該当します。
解析手順
どの伝熱現象も解析方法は基本的に同じ手順です。
1.解析対象とする3D・2Dモデルを作成
2.1のモデルを要素ごとに細かく分割
3.2で分割した要素に物性値を設定
4.3にさらに境界条件を設定
5.4の条件のもと計算
以下では3形態の解析の違いについて説明します。
熱伝導
熱伝導は物体内部の伝熱現象です。そのため物体のみモデルを作成し、その物体周囲を取り囲む流体は「熱伝達境界の入力」で済ませることが一般的です。
具体的には「熱伝達係数」と「温度」を入力しますが、中でも「熱伝達係数」の設定がよく問題となります。
問題点は「熱伝達係数」が環境によって大きく変わる点です。物質固有の値ではないため周辺流体の種類や流れの様子、表面状態に大きく左右されます。
そのため設定が難しく通常は次のいずれかを入力します。
・理論式から導出した値
・実験で測定した値
・それら両方から合わせ込んだ値
いずれにしても本来局所的に変動する「熱伝達係数」の特定は困難で熱伝導の解析を行う際は
・モデル全体に一定の値を使用する
・面ごとに一定の値を使用する
といった平均的な条件にせざるを得ません。したがって解析結果には必ず誤差が含まれます。
対流
流れの影響を考慮した流体-固体間の熱のやり取りを直接計算します。
そのため熱伝導の時とは異なり、熱伝達境界を定義する必要がありません。
熱伝導のときは固体領域のみのモデル化ですが、対流の場合は周囲の流体領域もモデル化します。
そして作成したモデルを分割しますが、このとき固体-流体間の境界部分は注意が必要です。通常、固体の壁面近傍における流体領域では境界層と呼ばれる「物理量の変化が大きい領域」が形成されます。
具体的には、この境界層内で流体の速度と温度が、大きな勾配をもって変化します。対流の解析ではこの勾配を表現する精度確保のため、 固体壁面近傍の流体領域を層状に分割する必要があります。
輻射
輻射の解析はかなり異なります。まずはその特異性から説明します。
もし熱の移動が 「熱伝導」 のみであれば、簡単な計算式から温度予測が可能です。しかし実際は流体が関与する事例がほとんどです。
熱は最終的には空気 (流体)に移動します。そして熱をもらった流体は動くので流体の挙動も把握しなければならなくなります。 これだけで熱と流体が連成した問題となります。
実際はこれに加えて輻射が起こります。輻射は熱伝導や対流とは全く異質の「電磁波による熱輸送」です。電磁波の反射や吸収など光学計算が必要になります。
電磁波のふるまいは、すべて確率的な現象です。この事象を確率的に捉えて、計算機で0
〜1の乱数を発生させることにより、 放射線の動きを計算機上で再現し、物質中での放射線のふるまいを調べることができます。
この乱数を用いて行う計算を一般に「モンテカルロ法 」といいます。
乱数を用いて光子や電子の反応位置、散乱、あるいは吸収等の反応の種類、反応後の粒子のエ ネルギーや方向を決定します。
モンテカルロ法は、放射熱伝達を表す積分式を確率計算によって求め、その得られた値は厳密解の近似値となります。
この近似度を高めるためには乱数を多く使用する必要があり、比較的長い計算時間を要するなどの欠点があります。
輻射は、評価する面の数の2乗に比例して計算量が増えるので、大きなモデルでは工夫が必要です。以下の計算方法があります。
【モンテカルロ法】
・輻射エネルギーを多数の粒子により表現
・精度を良くするには多数の粒子が必要
・粒子の移動方向をコンピュータの乱数から再現
・解析空間に存在する障害物などとの幾何的公差判定が必要
・計算時間が長い
【ラジオシティ法】
・CG(コンピュータグラフィック)手法の一つ。光源から出た光線が複数の物体間で相互に拡散・反射を繰り返すことをシミュレートする
・その面で表された物体間の光の授受に、伝熱学における表面間の輻射伝熱モデルを適用
・精度と計算速度の両方を兼ね備えた手法
各解析のポイント
熱伝導
熱伝導では異方性を扱う場合があります。例えば厚みのある長方形の板を考えた場合、平面方向と厚み方向の熱伝導率は大きく異なります。
また、異なる物質が接触している場合、その熱伝達係数をいくらに見積もるかは一般的に困難です。
対流
対流には次の3つがあり、温度だけでなく「流れ場」の考慮も重要です。
・浮力が影響しない強制対流場
・浮力が支配的な自然対流場
・それらが混合した共存対流場
その流れ場にも「層流」と「乱流状態」があり、乱流の扱いによって熱の伝わり方が大きく異なります。乱流の計算方法は以下のものがあります。
・ RANS(Reynolds-Averaged Navier-Stokes Simulation)
時間平均モデル
時間平均のため定常流の解析に適切
本質的に非定常であるはく離は苦手 局所的な平均のため非定常流もOK 空間平均モデル
・ LES(Large Eddy Simulation)
空間平均モデル
局所的な平均のため非定常流も解析可能
常に3次元非定常計算が必要
計算時間はRANSの10~100倍
・ DES(Detached Eddy Simulation)
壁近傍でRANS+壁遠方でLES
計算時間の点で実用的
輻射
輻射の解析に必要ななパラメータとして次の2つがあります。
・輻射率
・形態変数
「輻射率」とは物体が輻射によってエネルギーを吸収もしくは放出する割合を表す係数で0 ~ 1 の値を取ります。
値が高いほど輻射によって放出もしくは吸収されるエネルギーが大きくなります。輻射率の値は物体表面の材質や色などによって異なる値を示しますが一般的には、黒い色の物体などでは高い値、白い色の物体やよく磨かれた金属面などでは低い値となります。
次に「形態係数」とは、面同士の位置や向きによって輻射エネルギーの到達しやすさを表した係数です。
これは2つの伝熱面の幾何学的形状によって定まるパラメータで 0 ~ 1 の値を取ります。形態係数は一方の面から放出されたエネルギーがもう一方の面に到達する割合を示したものです。
解析コストの違い
伝熱解析と比べ熱流体解析では解析コストが高くなります。
伝熱解析ではエネルギ方程式を解きますが、 熱流体解析ではエネルギ方程式に加えて、流れ場を解くために少なくとも次の式を解く必要があります。
・連続の式 (質量保存の式)
・運動方程式 (ナビエストークス方程式)
解析によっては更に追加の式が必要です。
(例、乱流モデル/化学種モデル/混相流モデル)
このように熱流体解析では解くべき式の増加、解析領域の拡大に伴う分割要素の増加等から、解析コストが高くなります。
そのため解析対象を簡略化し、計算を楽にするなどの対策が必要となります。
あとがき
熱解析では何らかの限定条件のもと一部分を再現してます。そのため必ず誤差が発生します。
だからといって解析が無意味ではありません。目的によっては、そのままで十分な知見が得られることもあります。
重要なことは「何を対象に解析するか」と「解析にかけられるコスト」をはっきりさせておくことです。知りたい対象が明確であればあるほど、実現象と近づけることが容易になります。
また、解析結果から適確な評価を下し有効な対策を立案することも重要です。解析結果を解釈し役立つ提案に換える力が求められます。
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