定量的と定性的の違いの話(後編)
前回の続きです(定量的と定性的の違いの話(前編))。
定量と定性の違い
定量と定性の違いについて、よく数値を扱うかどうかが挙げられます。しかし本当の境界はもっと曖昧で難しいものです。
その理由の1つとして、定性/定量という区分が極めて多岐に渡っていることがあります。扱うデータの性質や集めたデータの分析手法、分析成果をまとめた報告書の文体、さらには分析の大前提となる認識論的前提にも関わるものです。
そこで以降では、定性と定量の違いについて次の5つの観点から解説していきます。
1.学問分野
2.研究法
3.データ
4.報告書の文体
5.認識論的前提
3.1.データ
「1.学問分野」や「2.研究法」における定性 / 定量の違いはかなり複雑でした。一方でデータにおける定性 / 定量の違いは、一見明快であるように感じられます。
【定性的データ】
定性的データとは例えば自伝や手記の類がその典型で、また文学作品、歴史資料も定性的資料とされます。これら定性的データの特徴の一つは、それが容易に数値化できないところにあり、研究者の分析の焦点は、詳細な分析によってそれらデータの中から意味の構造を読みとり、要因間の関係性を判定するところにあります。
【定量的データ】
これに対して定量的データとは調査・実験をもとに収集・数値化されたデータです。知能テストをはじめとする心理テストのデータや、実験室実験から得られる測定データなども定量的データです。
このような定量的データを用いる最大の課題は、いかに夾雑物を排して正確なデータを収集するかであり、そしてまたそのデータの構造を判定していく上で最良の解析方法を模索していくことです。
定性的データの処理にあたっては、パターンの厳密な割り出しが最大の課題になるのに対して、定量的データの収集と処理にあたっては、 厳密な測定が重要な課題となります。
3.2.データの解釈
以上を踏まえるとデータにおける定性 / 定量は区分は極めて明快に思えます。 しかしこの区分は必ずしも収集するデータ自体に内在している区分というよりは、それをある一定の視点にたってデータとして処理するときに初めて生じる区分と言えます。
例えば、文芸作品や報道記事の「内容分析」 のような作業においては、それらの資料を意味の構造の読みとりという質的な分析にゆだねることも出来れば「特定の単語の出現度数」や「センテンスの長さ」に注目してそれらを数値に変換することも可能です。
前者が通常の意味での定性的な分析作業であり定性的データですが、後者の取り扱いは数値への変換であり、定量的な分析作業を経て定量的なデータに変換されます。言い換えると
【定性的データ】
性別や出身地のように本来連続値として処理できないデータに対して分類作業を通じて名義的な数値を割り当ててコード化する場合や(名義尺度)、色度や光沢度のように相対的な順位のみを問題にする場合(順位尺度)、この2つの変換プロセスを経て数値化されたデータを定性的データと呼びます。
【定量的データ】
これに対して温度などのように数値の差が意味をもつような尺度 (間隔尺度) や、長さ重さのように差だけでなく比が意味をもつ尺度 (比例尺度) を定量的データと呼びます。
4.報告書のスタイル
定量/定性の違いは、かなり直接的に報告書の文章に反映されます。それぞれの報告書は「何について語るかwhat」だけでなく「どう語るか how」 についても大きく異なり、全く違ったジャンルのようにも見えます。
【定量的な報告書の特徴】
・馴染みにくさ、とっつきにくさ
細かい数値が書き込まれた表・グラフ、また特殊な数式や記号はそれだけで一般人だけでなく他専攻の者の理解も阻みます。
・学術用語(ジャーゴン)が多い
使われている言葉自体が日常では見かけないものばかりです。
・難読性
また用語を構成する個々の単語は日常目にするものの、それが非日常的な仕方で組み合わされていることもあります。このような報告書は読み味わうべき文章というよりは、解読すべき暗号文のように感じられます。このような一種の人工語をふんだんに盛り込んだ報告書全体の構成が〈問題・方法・結果・考察〉 という形式をとる時、定量的な報告書は「科学論文」となります。
・内容の信憑性
定量的報告書の多くは、とっつきにくく素人には全く理解できそうもありませんが、その半面、何やら確実で正確な事を言っているようにも見えます。
【定性的な報告書】
・馴染み深さ、とっつきやすさ
定性的な報告書は、素人にも分かりやすくエッセイや物語のようにして読めるものがあります。
一方で、学術論文や学術報告書とは呼べないものも一部存在します。特に人類学者の書く民族誌は、紀行文や小説に酷似しています。他にも歴史学者の書く歴史事象の記述、臨床心理学者の書く事例報告は、一種の人間ドラマとして読めないこともありません。そのような文章の場合、使われている言葉の多くは自然言語、すなわち日常ごく一般に目にふれる事の多い言葉です。
・専門用語の量
勿論、報告書の大部分は専門用語のオンパレードです。 悪文も少なくありません。しかしそれでも、定量的報告書に比べれば語彙や文体についての許容度が高いため何とか読み通せます。
・文章構成
定性的な報告書は文体や語彙だけでなく構成に関しても許容度が高い傾向があります。〈問題・方法・結果・考察〉という筋立てを基本的に踏まえながらも、それを違った形で表現することもできれば、全く無視することも可能です。
・縦書き
日本の場合の特殊事情ですが、定量的な論文のほとんどが横書きで書かれるのに対し、定性的な報告書が縦書きを採用する事があるのも、定性的報告書の読みやすさにつながっていると言えます。
・レトリック
もう一つの大きな特徴はレトリックです。定性的な報告書の著者は、自らの主張を浮き彫りにするため大げさな表現(直喩、隠喩、換喩、提喩)を駆使します。また論敵を罵倒したり、自らの説が世に受け入れられない事を悲憤慨したり、時には愛情や嫌悪の念を文章上で示します。
論理だけではなく情緒に訴えて読者を説得する修辞に満ちた定性的な報告書は、読みやすく面白いもののいかがわしくも見えます。
以上で述べた報告書のスタイルの違いは、それぞれの特徴をかなり誇張して対比させたものです。
5.1.認識論的前提
以上の2.研究法・3.データ・4.報告書の3点については、かなりの程度、定性/定量の区分を相補的なものとして位置づけてきました。これに対して最後の「学問的探求の本来の目標をどこにおくぺきか」という点に関しては、定量と定性は対立するアプローチとして捉えられています。つまり定性的/定量的な研究の区分を 「個性記述 VS 法則定立」 の区分として捉えます。
【個性記述】
個性記述的なアプローチは1つの事例・事件を集中的に吟味し、その事例の唯一性・一回性を強調します。用いられる方法は、個々の事例・事件の丹念な記述で、その全体性において初めて捉える事ができる内的な構造や意味の読みとりが目的です。つまり個性記述は解釈や理解を目指したものです。
【法則定立】
対して法則定立的なアプローチは多数の事例や出来事から一般法則を見出そうとします。この場合、個々の事例は多数の事例に適用できるモノサシとして「変数」の組み合わせとして把握可能であるとされます。法則定立的アプローチでは分析や測定そして 「予測とコントロール」が目標です。
5.2.学問に対する見解の相違
以上の区分は、学問的探求のあるべき姿という点において激しく対立します。
個性記述的アプローチを唯一絶対の方法と考える者は、事例や事件の唯一性・一回性を強調し、複数の事例や事件は厳密には比較不可能と考えます。そのため学問の目的は、単一の事例や事件にのみ適用可能な因果や構造の説明の探求に向けられるべきだと主張します。
これに対して法則定立主義者は、数多くの事例から統計的に導き出された法則こそが科学的に有意味なものであり、 事例研究はせいぜい探索的な意味しかもたないと主張します。
まとめるとデータの分類・一般化は次の2つのどちらでなされるべきかという対立です。
・「常識的な観察」という、いきあたりばったりで質的で主観的な方法によってなすべきか
・それとも「統計的な方法」という、体系的で量的で客観的な手続きを通して行うべきか
これと同じような対立図式は他にもあります。
・心理学における 「統計的方法 VS 臨床的方法」
・歴史学 VS 社会科学
・人類学 VS 社会学
あとがき
以上で述べたように、定性/定量の区別には様々な次元のものがあります。それぞれの次元における区分は必ずしも相互に重なり合っている訳でも、厳密に対応している訳でもありません。したがって定性/定量の区別は二項対立的な図式では表せません。
参考文献
中村春木、定量的なことと定性的なこと、生物物理、2004 年 44 巻 3 号 p. 99
佐藤郁哉、社会科学における定性/定量の区分についての覚え書き、一橋論叢 第115巻 第5号 平成8年 (1996年)
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