流体騒音の話2(解析)


様々な流体騒音解析方法を紹介します。


流体騒音の背景

流体騒音の大きさは流れの速度のの6乗〜9乗に比例します。そのため流体機械の小型化や高速化により騒音問題が顕在化してきました。

従来は個々の製品ごとに経験に基づき流体騒音の予測や低減を図ってきましたが、このような対策には限界があります。今では数値流体解析(CFD)に基づく流体騒音の予測に大きな期待が寄せられています。



流体騒音の正体

流体騒音の正体は、流れの渦により発生する「密度・圧力等の微弱な変動」が遠方まで伝搬する現象です。

その挙動は流れの基礎方程式である「連続の式、ナビエ・ストークス方程式、エネルギー方程式」により記述されます。



解析方法

解析手法には、数値計算流体数値計算 (CFD)に基づいた数値流体音響解析CAA(Computational Aeroacoustics)があります。

CAAの最大の特徴は流体音を直接計算する点です。流体音の発生・伝播・反射・放射を非定常圧縮性ナビエ・ストークス方程式により計算します。

しかし直接計算は非常に困難です。計算の際に微小な乱流渦の挙動を精度良く解く事に加えて、それより遥かにスケールが大きく、かつ微弱な変動である音波の伝播反射・放射を同時に解析する必要があるからです。

言い換えると、流体音の圧力変動はそれを発生している流れ場の圧力変動に比較して桁違いに小さく、余程慎重に計算を行わないと流体音の成分は数値的な誤差の中に埋もれてしまう危険性があります。

特に、機械工学の分野で重要度の高い高速鉄道車両や自動車、低圧のファン等では上記のスケールの違いが顕著で、流体騒音の予測は実用上不可能です。


そのため音を発生している流れ場の解析音場(音の伝搬)の解析とを別々に取り扱うのが普通です。





1.流れ場の解析

工学的に重要な流れのほとんどは「乱流」と呼ばれ、様々な大きさの渦を含んでいます(物体と同程度の大きさから、熱に消散してしまう最小スケールまで(通常1mm以下))。

乱流も流れの基礎式であるナビエ・ストークス方程式により記述されますが、この方程式を直接解こうとすると計算量が天文学的に膨大となり、限られた場合を除いて現実的ではありません。


この乱流渦をどのスケールまで考慮できるかによって、流れ場の計算方法は分類されます。例えば、細かい乱流渦まで計算可能な順に並べると次のようになります。

DNS>LES>RANS>実験値(経験則)に基づく騒音予測

ただしそれだけ計算コストも増大します。解析する騒音の性質により適切な計算方法を選択することが重要です。



【1.1.DNS】

直接数値シミュレーション(Direct Numerical Simulation)のことです。DNSは、流体力学の基礎方程式に対して一切モデル化を行わないで、乱流解析を行う手法です。

原理はシンプルですが、小さなスケールの渦を解くためには解析対象を非常に細かく分割する必要があり、計算負荷が極めて大きくなります。


【1.2.RANS】

レイノルズ平均ナビエ・ストークス計算(Reynolds-AveragedNavier-Stokes) のことです。

RANSは流体機械の回転騒音に適しています。流体機械の回転騒音は、通常、動翼のピッチやコード長に対応した比較的大きな構造の圧力変動に起因します。

一方、乱流騒音には向いていません。乱流騒音の予測には、乱れに起因する変動を直接計算する必要がありRANS では本質的に不可能です。

乱流騒音の予測手法としては、現在のところLES(Large Eddy Simulation) が最有力です。


【1.3.LES法】

Large Eddy Simulation です。渦の大きさによって計算方法を変える手法です。

既に述べたように乱流はナビエ・ストークス方程式で記述されますが、計算量が天文学的に膨大です。そこでナビエ・ストークス方程式に空間的なフィルタ操作を施し、大きな乱流渦は直接計算、小さな乱流渦はモデル化して扱います。

LES の支配方程式は元のナビエ・ストークス方程式と似た形ですが、渦動粘性係数と呼ばれる項が付加されています。

これはフィルタサイズ以下の小さな乱流渦が有する散逸効果 (流体の機械的エネルギーが摩擦発熱により熱エネルギーに変換されること)を表します。

この付加項により、元のナビエ・ストークス方程式と比較して、方程式の非線形性 (stiffness) が緩和され、同時に数値解法の精度に対する要求も若干緩やかになります。






2.音場の解析

音場の計算方法も同様で、音の非線形性をどこまで考慮するかで分類されます。

DNS>オイラー方程式>線形化オイラー方程式>線形波動方程式>音響学的類推>経験則に基づく推定

上記は、音波の非線形性を音源から遠く離れた領域まで考慮できる順に並べたものです。当然計算コストも増大するため、解析する騒音の性質から適切な計算方法を選択することが重要です。


【2.1.オイラー方程式、ナビエ・ストークス方程式】

オイラー方程式、ナビエ・ストークス方程式により音場を解析する場合は、音の直接計算の場合と同様の注意が必要です。

音波の線形性を仮定する方法より計算負荷が増大しますが、音波の非線形性が問題となる場合に適用できる唯一の方法です


【2.2..流体音響学的類推】

流体音響学的類推(Acoustics Analogy)音の解析は、低速流れから発生する流体音予測に有効です。この手法では音源は静止流体中に存在する点音源とみなし、発生する音波の非線形性(流れ場への影響や音波の非線形成長等) は無視します。



【2.3.線形波動方程式】

線形波動方程式を用いる方法は、グリーン関数等の基本解を用いて音場を記述する方法です。
・Kirchhoff Surface法
・境界要素法(Boundary Element Method: BEM) があります。

(グリーン関数 とは、微分方程式や偏微分方程式を解く際に扱う関数の一つです。物理学、数学、工学各分野等広い用途で使用されます)


BEM では、境界積分方程式から物体表面の二次音源 (二次的に発生する音源)を求めることにより、境界における音波の反射や回折を計算できます。ダクトの音響特性等の解析に有効です。

Kirchhoff Surface 法は、Kirchhoff Surfaceの外側と内側で計算方法を使い分ける手法です。

内側(流れ場と音との相互作用や音波の非線形性が無視できない近距離場)では、オイラ一方程式やナビエ・ストークス方程式により直接計算します。外側(遠距離場)では伝播する音波を線形波と仮定し、解析的に計算します。

Kirchhoff Surface 法の特徴は、飛躍的に計算負荷を低減することができる点です。ターボファン・エンジンのナセルからの放射音の予測等に有効です。






参考文献

加藤千幸、流体騒音解析の現状とその将来、日本音響学会誌57巻7号 (2001),pp.470−476

加藤千幸、機械・航空工学分野における空力騒音解析の現状と課題、宇宙航空研究開発機構特別資料: 航空宇宙数値シミュレーション技術シンポジウム 2003 論文集, 29-34, 2004



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