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今年を締めくくるということ。
大晦日。

締めくくるなんて立派な言葉はこの大晦日に似合わない。私は人生においてはただ一日に過ぎないこの一日に意味を持たせることの、緊張感や今年も終わってしまうことの安心感を噛み締めています。

2023年、精神科医との入院破談から始まり、親との決別、新たな主治医を探して三千里、救急車で2回運ばれ、精神病棟入院後、映画制作開始、人間関係のもつれ等を起こし、また多大な迷惑を人様にお掛けして、1年8ヶ月交際した恋人との別れ、2ndzine発行、自殺未遂で保護され初パトカー、その後も様々な出会いあり別れあり……

すごいっすね。私こんなドラマより激しい人生見たことないわ。これも時間と共にすぎてゆくこと、、、哀しくも切なく、また今年がゆき、来年が来ることをただただ眺めることしか出来ない。

大晦日の地元の夜風は毎年嫌に澄んでいて心地よく、煙草がうまい。今年も頑張ったねと自分を労うこと。あの都会の狭い部屋での苦悩を一時忘れさせてくれる。今年も何度もフローリングを叩いて泣いた。

いつまでも残る手首の傷は消えぬようで時間と共に消えてゆく。痛みを思い出してほっとする私とはもうさよならをしたい。今年で終わり。

夢の中でさえ何度も追いかけたあの人はもう戻ってこない、過ぎ去った過去は変えられない、だけど今が1番若いから。女はまだ尽きてない。私はまだ戦えます。戦わせてください。

「生き急いでるよね」
と言われる度ハッとする。私は死に急いでいるのか生き急いでいるのか。東京に帰るとまた焦燥感に駆られるんだろう。それも悪くないと思う。ただ、安らぎを失った今、自律を強いられている私は正直グラグラしている。電車に乗ると震える手足、背から流れる冷や汗。「東京に出たからには何かしていなきゃ生きてる価値ない」そう思って自分とも他人とも戦ってしまっていることに、最近気がついた。戦うのは己だけでいい。いつかの幸せな時を待ち、然と武器を磨いていようではないか。そういう年に来年からはしていきたい。

今年は煙草をよく吸うようになった。不安剤代わりの煙草は一時の安心を覚えるがすぐに手先が冷えていく。

つないだ手と手は離れて私の手だけが残った。

真っ暗な部屋に灯す明かり、燃えていくお香をぼんやりと眺めると、自然と心が変に穏やかになるようで。

ちっとも大丈夫じゃない私は、私に「大丈夫」と言うことしかできない。私の体温だけが毛布を温める夜中、何度も何度も悪夢を見ては血みどろになり精液を飲まされた。汗と共に起きる朝、隣にいたあなたはもう居なくて私はああ今日も始まるのだと、コンサータと煙草を摂取する。

窓を開けたら冷たくて、風邪をひいた。

春は夏になり秋になり、そして冬になった

また来年が来るというのかね


あたしはまだ耐えられます。耐えさせてください。あなたのために死ねない。今の私のためにはもっと死ねないから。映画を生かして私は死ねない。中学生の時に死んどけば良かったと23にもなってまだ、まだ後悔している。


そんな不安も拭えるように、

強かに穏やかに安らかに。


今年また背負った不安も安心も、全部抱えたまま来年も生きようと思います。そう思えるようになった私で良かった。今年はいい年だったかもしれない。かもしれない。

全ての出会いと別れに、感謝申し上げます。


未来の貴方に出会うため、入念な支度と着飾りを。
「またね」と振る手に本音を隠して。

安らかに、安らかに、

安らかに成りたい。



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