三角形が割れた瞬間、僕は四角になって
朝起きたら頭の中で音楽がかかっていることがある。夢のバックグラウンドでかかっていたのだろうか。夢の中では気づかなかった、現実でよく聞いた音楽が起きた瞬間エンドロールみたいに流れ出すんだ。僕はさっきの血まみれの夢の鉄臭さを拭いとるために煙草に火をつける。パイプ椅子に座って揺れる煙を眺めている。こんな朝が来るなら昨夜も起きていればよかった。
僕は睡眠薬と精神薬と一緒に夢を見続けている。見ない日の方が少ない。そんな日を数年も続けている。
初めの方は僕なんか夢に閉じ込められてしまえばいいと思っていた。夢の中で生きる者として生命を終えたら現実と見境もつかずに死ねたかもしれない。
最近は夢は夢だったんだと思えてきた。残虐な夢をよく見る今は、現実に戻ってきて良かったと思っている。それだけで僕は前よりも成長したのだな、と思う。自分はそれだけ死にたい人間だった。今は生きれるかなという不安は持ちつつも死にたいとはあまり言わないし本当に死んでしまいたいと思うことも減った。
良くも悪くも、生きている限り、若いままではいられないのだと考える。
僕がずっと求めていること。
なんてことない幸せ。
一瞬を永遠だと感じてしまうような時間。
愛おしいという感情。安心感。
うつ病になってから見つけるのに時間がかかってしまった。僕がやりたいこと。ワクワクする方へ進むこと。やっと最近見つけられたと思ったら就活でその精神すらコテンパンにされた。僕は本当に社会に向いていない。
かといってSNSで素晴らしいコンテンツ発信をし続ける体力もない。体力がないなりに継続した発信をしてみようか。
誰かに届くために、僕は制作をしていたんだよな。
僕はとりあえず何者かになりたかった。プロになれずとも誰かの1番になりたかった。そうすればいつも僕にため息を吐いてばかりのお母さんもきっと褒めてくれるだろう。僕はやればできる子だったって思い返してくれるにちがいない。
いつだって僕は愛が欲しい。それなのに、自分を愛せない自分が憎い。程遠いその夢に僕はいつまでも囚われているのかもしれない。いつか友達に本当に恋愛体質だよねと言われたことがある。少女漫画を刷り込まれた頭にはきっと愛をくれる王子がいると思って止まないからだ。自分勝手だって自覚はある。相手も人間だから。でも、私よりも広い、その肩幅で、その手で、抱擁してくれてもいいじゃないか。私はこんなにも頑張って生きているんだから、と思ってしまう。これは、傲慢ですか?
私は一体、家の、人間関係の、社会の、地球の、どこにいるのが1番正解なんですか?私の居場所はないですか?
寂しくて涙が止まらない夜はいつの間にか朝になって、明日を今日へと連れてくる。
薄明るい窓の外を見て、今日がダメだっただけだと思い込む。明日は。部屋の掃除をして理想の生活に近づくんだ。
文豪気取りに煙草をふかして、誰にも期待されてない文章を書く。これで何年目だろうか。灰が体を巡る間、僕はいささか気持ち悪さを覚えた。
いつか誰かたちが言っていた。「学生のうちは好きなことをしてそれに夢中になれ、続けていれば結果は必ずついてくる」と。
信じて7年。いや10数年。何があったというのか。何もないじゃないか。本当は何かあるのかもしれない、でも僕は自分で何を得たのかさっぱり分からない。いくつものお祈りメールを超えた先にまだ何か希望を持たなくてはいけないか。
自分でなんとか出来ると思っていた。遠方にいる親に頼らなくても、どうにかしてやると思った。できるだけ強い心を持っているはずだった。
強くいようと思った。何度傷つけられても平気なフリをした。バカにしてきた人たちを絶対見返すと思ってきた。犠牲は厭わなかった。突き進めば、とにかく歩き続ければ幸せは突如現れてくれると信じてた。
でも実際は弱いままなのかもしれない。それを隠すようにある種の「諦め」を手に入れてしまったのかもしれない。
自分の趣味はいつの間にか趣味を超えていて、発表を続けている周りの人間に圧倒されつつ、それでも発信しなければなくなった。
でももう正直疲れてしまった。僕は本来誰かの為じゃなくて自分のために趣味をやっていただけだったから。だから最近は何ヶ月もSNSを動かしていないし極力見てもいられなくなった。
大学卒業間際の今、そんなふうにしてきた趣味を活かせる場所はやっぱりネットにしかないのかなとか思い始めてる。食いぶちを作らなきゃいけない年齢になった。
僕がいちばん嫌だったビジネスを自分の作品に持ち込むということをしなければいけない年齢になったのかもしれない。
僕が僕を癒せるのは趣味だった。なんでこんなことになったんだろう。誰か僕をあなたの1番にして欲しい。なんてね、
朝起きると僕はまた汗でビショビショだった。もう昼頃だった。気分が沈んでいる時に限って嫌に晴れている。いつも通りタバコを加えてスマートフォンを見ると映画祭からお祈りメールが来ていた。
僕はもうしばらく脚本が書けなくなった。