日本のエネルギー外交は、ネットゼロを巡る世界の対立を反映する


今年8月に僕の書いたオピニオン記事が英字紙 The Japan Times に掲載された。さすがに日本のエネルギー外交の話でもあって、日本の読者にも読んでもらいたいたく、今回の投稿は同記事を日本語に訳したものだ。


12月に東京で開催されたアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)首脳会議に先立ち、他の地域の指導者と並ぶ岸田元首相。(出典:POOL・ロイター経由)

日本の東南アジアに向けたエネルギー外交を「グリーンウォッシュ」だと批判する声を最近よく耳にする。その主張によると、日本政府は低炭素やカーボンゼロと見せかけた技術を推進している一方で、実際にはこの地域での化石燃料の活用を続けさせ、日本企業の利益を増やそうとしているということだ。

批判の論脈でよく挙がる例がアジアゼロエミッション共同体(AZEC)だ。それは2022年末に岸田政権が築きはじめた多国間外交フレームワークで、日本が主導するアジアでの脱炭素化を促進するプラットフォームだと政府は位置付ける。

AZECのロゴ(出典:英語版内閣府広報室

今年8月、岸田元首相はAZECの中央事務所に等しいアジアゼロエミッションセンターをインドネシアの首都ジャカルタに設立し、日本の外交官・山田滝雄氏をAZECの大使に任命した。そして10月には、石破首相はラオスでのAZEC首脳会議に参加し、今後10年の行動計画を表明した。こういった手段により、AZECの枠組みは強化さていく。

僕自身、AZECへの批判に異論はない。最近公表された国際研究団体ゼロ・カーボン・アナリティックスの分析によると、AZECの下で結ばれた158の覚書のうち、3割以上に天然ガスおよび液化天然ガス、火力発電でのアンモニア混焼、化石燃料由来のアンモニアや水素、CO2回収・貯蔵(CCS)など、化石燃料を温存させる技術が含まれている。AZECを通して確かに再生可能エネルギーへの投資も行われる見込みだが、再エネを含む覚書は158の中の34%にとどまるという。

こういったデータもあり、日本への批判は理にかなっていると思う。だが、このパターンの批判は問題の本質を見逃しているのではないかと感じる。日本のエネルギー外交は、世界規模でのエネルギー転換を巡る対立を反映し、煽るものなのだ。また、日本のエネルギー及び産業界と、AZECに参加する東南アジア諸国との間には共通の利害がある。このような背景の中、日本は化石燃料の利用を延長させる技術を推進し、供給している。

中国の「一帯一路」を含む大掛かりな戦略を通じたインフラ投資が世界的に注目される一方、実は東南アジアでは日本の方がはるかに多き影響力を持つ。2022年には、日本のプロジェクト総額は3,300億ドルで、中国の1,000億ドルを大きく上回る。

1960年代以来、日本は東南アジアへの大規模な投資源となっており、政府機関と企業が連携して活動してきた。政府機関は市場価格を下回る保険や融資を提供し、企業は商品の輸出、インフラ整備、工場への投資、そして現地の人材育成に注力している。

世界的なクリーンエネルギーへの移行に合わせて、日本の東南アジアでのインフラ投資もエネルギー関連のプロジェクトに舵を切った。その最も目立つ例がAZECである。11カ国からなる多国間フォーラムで、日本と参加国が政策を調整しながら、日本の技術やノウハウを広め、取引をまとめ、互いに成果を称え合うばとなっている。

岸田元首相は2022年1月にAZECのアイディアを提案し、日本とインドネシアが連携して実現に向け取り組みはじめた。そして2023年12月には全ての加盟国と共にこのイニシアチブを正式に立ち上げた。

表向きの目標はアジアでの脱炭素化を促進するためであるが、AZECは日本にとって経済的かつ地政学戦略的に重要な役割を果たす。経済面で言うと、国内市場が縮小している中で、AZECは日本企業が輸出市場を広げるための格好な術である。地政学面では、AZECは今では「自由で開かれたインド太平洋」戦略の大事な柱となっている。この戦略は安倍政権下で打ち出された外交アプローチで、安全保障や経済、そしてエネルギー分野でのルールに基づく地域秩序の維持を目指すものだ。公にはめったに言わないが、中国のアジアでの影響力に対抗する役割も、AZECを固める目的の一つだ。

日本が化石燃料の継続を推進していると言う指摘は正しい。しかも再エネ、特に太陽光発電がアジア太平洋地域など、多くの市場で火力発電よりも安くなっている時にだ。日本政府によると、アジアのカーボンニュートラルへの移行は「共通の目標、多様な道筋」を辿らねばならず、こういった化石燃料への投資は妥当だという。

ただし、これはは黒船外交には程遠い。日本の資金提供や輸出、専門知識は、ニーズのある国々に歓迎されているのだ。ベトナムはAZECの最初の受益国で、日本の政府機関が再エネ、省エネ、水素、アンモニア、CCSに関するプロジェクトに最大80億ドルを提供することで合意した。ベトナムの今年の公的支出の約10分の1に相当する額だ。

AZECの創設国の一つであるインドネシアも、日本の支援を大いに歓迎している。2023年12月のAZECの初会合で、ジャカルタは東京から24のエネルギー関連プロジェクトに対する支援を得ることになった。ルトノ・マルスディ・インドネシア外務大臣によれば、これらの合意は「エネルギー転換に向けたさまざまな方法や技術の認識を進める国の強い意欲を反映している」

AZEC参加国や日本政府が用いる「多様な道筋」の概念はに、エネルギー転換の方向性に関する深い国際的対立を反映している。一方では、欧州や(バイデン政権下の)アメリカなどの経済先進国が、気候変動対策や再エネ目標を引き上げようとする。

一方で、新興経済国は再エネを良しと考えながらも、資金が不足しており、大規模なインフラの改修が必要だと感じている。また、化石燃料を輸出する国々は、自国の主要産業をできるだけ長く守ろうとする。

これらの国々はより現実的な選択肢として、石炭からガスへの転換、炭素の回収、そして水素やアンモニア混焼により火力発電の排出量を削減することを望んでいる。サウジアラビア国営石油会社サウジアラムコのCEOは今年初め、「石油とガスの段階的廃止という幻想を捨て、それらに適切な投資を行うべきだ」と胸を張って述べた

東南アジアで化石燃料の段階的フェーズアウトや再エネの大規模導入が難しい理由はいくつかある。2021年、東南アジア諸国連合(ASEAN)は、脱炭素目標を達成するためには、今後5年間で少なくとも3,670億ドルのエネルギー投資が必要だと見積もった。しかし、最近のASEANの報告では、これまでに地域で気候変動対策のために投資されたブレンデッドファイナンス(公的資金と民間資金を組み合わせた投資)は、わずか16億ドルにとどまっていると指摘されている。

そのため、東南アジアの政府や国営企業、エネルギー会社は、日本からの投資や東京の方針を積極的に受け入れている。化石燃料発電所を維持しながらも、排出削減に取り組んでいるという見せ方ができるからだ。

「多様な道筋」という方針は一見理にかなっているように思えるかもしれないが、日本企業や政府機関はこの概念を利用して、地域が持つ再エネ発電と蓄電の大きなポテンシャルを過小評価する便利な口実として使われている。
例えば、アジアは地理的に太陽光や風力エネルギーに向いていないという理由でガスインフラへの新たな投資が推奨され、石炭への依存が高いアジアでは、ガスに切り替えればCO2の排出量を半減できるとも言われている。しかしその際、メタンなどの他の強力な温室効果ガスの排出や、今から建てられる火力発電所が今後40年ほど使われることにより、再エネの導入が不利になることなど考慮されていない。

AZECのメンバーはこれらの主張を受け入れているようで、日本が商業的な利益を追求しつつ支援者としても活動していることがうかがえる。

日に日に顕在化する気候変動に危機感を感じる一人間として、僕はこの潮流に深い不安を抱いている。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、東南アジアの気温は着実な上昇傾向にあり、豪雨や海面上昇による深刻な洪水リスクも高くなってきている。いうまでもなく、熱ストレスや洪水は地域の人々の暮らしや命にも大きなダメージを与える。

こういった気候変動の影響を受けやすい東南アジアでは、2021年には再エネが全電力のほんの4%を占めるのみだった。今年、大規模な再エネ発電施設は20%増加したが、地域の経済成長によるエネルギー需要の増加を考えると、ネットゼロを達成するには地域のエネルギーのほとんどを風力と太陽光で賄い、石炭火力発電をできるだけ早く廃止する必要がある。

しかし、AZECはこのプロセスを遅らせる。国際的な金融フローをリードする多国間開発銀行があれば、大規模再エネ発電への投資は化石燃料インフラの資金調達よりもはるかに容易になるはずだ。東南アジアの国々も、国内でのエネルギー改革に力を入れるべきだ。英国シンクタンク・エンバーは、地域の主要5カ国に対し、クリーンエネルギー目標の引き上げ、再エネに対応するための電力網の再構築、そして国境を越えた電力統合の促進を呼びかけている。

僕が特に気にかけているのは日本である。アジアでの技術商人である日本は、脱炭素化につながる製品を提供することが求められる。そのためには、日本の国内政策や革新が非常に重要です。CCSやLNG、アンモニア共燃焼といった技術を推す代わりに、ペロブスカイト太陽電池や浮体式洋上風力発電などの次世代の再エネのリーダーになることが、気候変動対策には遥かに効果的だ。

今年度末までに改訂されるエネルギー基本計画と気候目標が、日本がどれだけ積極的に気候変動と戦うかを決めることになるだろう。


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