勤務299日目 お客様から初めて恫喝を受ける
郵便は、すべての家に配達されます。
一つのエリアを担当する、となれば、エリアすべての家に配達があるわけで、なんらかのバイアスがかかることもなく、いずれエリアほぼすべての「家の人」に会うことになります。
この世界にはいろいろな人が住んでいて、良い人もいれば、「モンスター」と呼ばれる方もいますよね。
郵便屋をやっていると、モンスターの噂を聞きます。「こんなやばい人がいた」「こんなとんでもないこと言う」「あの家はこうすれば大丈夫」
ぼくが担当していた区にも、モンスターがいるらしいのですが、実はまだ一度も出会ったことがありませんでした(事前に教えられていたので、うまく避けていました)。
で、初めて遭遇したんです。
女性の方で、推定55~65くらい。
郵便をお渡しして「ありがとうございます」とぼくが言うと、彼女の恫喝がはじまりました。
身バレのおそれがあるので詳しい内容を言えませんが、恫喝を受けるのは初めてだったので、ぼくは硬直してしまい、奥にいらっしゃる旦那さまに助けを求めようと視線を送ったのですが、一切、目を合わせてくれませんでした。
その家のことは聞いていなかったので、ぼくはなにも知らなくて、局で話を聞くと、その家だけ手間をかけて希望通り配達方法を変えていたそうです。(その「希望通り」をぼくがやれていなかった)
他の区でも、とんでもないモンスターはいて、そこだけVIP待遇で配達しているそうなのですが、
無料ですべての郵便を速達扱いにしたり、無料で配達方法を優遇したりするようなことは、他のお客様にかなり失礼なのではないでしょうか。
恫喝をしたから無理な要件が通ったんですよ?
出会ったその55歳~65歳の女性に聞きたい。
あなたは恫喝を受けたら、同じように従ってやり方を変えるのかと。
彼女が目の前で声を荒らげる間、ぼくはなにも言い返せなくて、ただじっとしていました。
無言で、じっとして、でも、心に、熱いなにかがこみあげていました。
(いけない……)
(いけない、ワクワクしちゃいけない……)
(初めてモンスターに出会ったことを喜んじゃいけない……)
だって、みなさん、本当に、いい人ばかりだったんですよ?
郵便屋になってあんな言われよう初めてだったんです。初体験。
たとえば物量が多くて、配達が遅くなると、「こんな暗くなってから配達してしまって申し訳ない」とぼくは思うのですが、家の方に会うと、「遅くまでたいへんだね。ごくろうさま」と、おっしゃってくださる方がほとんどなのです。
なんなら「おなか空いたろ、これ食ってはよ帰りな」と食べ物をくださる方もいるんですよ。
モンスターなんていないんだ……みんないい人なんだ……、とぼくはこの仕事をしていて人間の良さをかみしめていたのです。
その甘ちゃんな考えをぶっ壊してもらえました。
「ほんとにモンスターいたぁ!」と安心したくらいです。
彼女はずっとあんなふうに生きてきたのでしょうか。
いろんなところで恫喝して、自分の都合通りになるよう、周りをコントロールしてきたのでしょうか。
それが通ってきたのなら、こんな得なことないですよ。
犯罪にもならない。刑務所に入るレベルではないので、やりたい放題じゃないですか。
誰も罰することができないので、「恫喝をすればワンチャン特別待遇してもらえる」がクセになっているのでしょう。
人を傷つけていることをなんとも思わず、むしろ「私が虐げられている」と、強烈に感じているのかも。
他の、「良くしてくれたお客さん」に申し訳ないです。
同じように都合通りの配達ができないですから。
いっそ他のお客様も窓口で恫喝をされたらよいかもしれませんね。
すると配達方法が変わるので、間違いなく他の配達に影響が及びます。
そしたら「どうなってるんだ、頭おかしいのか!」と他の方が怒鳴り込んでいって、そこも配達方法が変わると、他に影響が及ぶ(これが繰り返されていくと再び55歳~65歳の彼女に影響が及ぶ)。
こういうことがまかり通るものなので、声を上げられない人間は確実に犠牲になっているはず。
声を上げない人が悪いのでしょうか。
やはり世の中、相手を傷つけてでも強く出たほうが得なのでしょうか。
そんなふうになれる人間が、ぼくは、死ぬほど、うらやましいと思う。
そうなれていたら、十年も無職でひきこもる必要もなかったでしょうね。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?