ワタクシ流☆絵解き館その241 青木繁の絵に感化され生まれた詩を読む part3
🔳 青木繁《わだつみのわだつみのいろこの宮》を映し出す 房内幸成 著 歌集『不知火』より — 地平社 昭和19年刊
房内幸成は、明治40 (1907) 年7月26日~昭和61 (1986) 年3月16日。文芸評論、歌人、ゲーテの研究者。群馬大教授、のち専修大教授。
下の歌の「赤玉は緒さへ光る」というのは、「わだつみのいろこの宮」の豊玉姫の詠んだ歌の一節である。
🔳 青木繁《海の幸》を映し出す前田夕暮 歌集『生くる日に』 ( 大正3年刊 ) 所収 「外海と岬」より抜粋
歌集『生くる日に』の挿絵(下の挿図)は、青木の友人坂本繁二郎による。
以前の記事で紹介した前田夕暮の同歌集からの歌も再掲する。
🔳《わだつみのわだつみのいろこの宮》を映し出す高藤武馬『沖縄游記』 より—古川書房 昭和53年刊
高藤武馬は1906年~1990年。広島県生まれで東京帝大卒。のち法政大学教授。同大名誉教授。国文学者。俳人。種田山頭火研究者。著作に『走馬燈 句集』古川書房1976年、『ことばの聖 柳田国男先生のこと』筑摩書房1983年などがある。
🔳 青木繁《海の幸》《わだつみのわだつみのいろこの宮》を映し出す呼子丈太郎著『玄濤曲・詩歌集』より — 淑蔭山房 昭和42年刊
呼子丈太郎は、1908 (明治41) 年2月3日~1983 (昭和58) 年2月25日。長崎市生まれの歌人・中世・近世海外交渉史研究家。本名・呼子重義 (しげよし) 。歌誌「地中海」に所属。詩歌集として、『甲螺洞詩抄』『礎』( 昭28 )『さびしき人工』( 四季書房、昭28 )『玄濤曲』(椒蔭山房、昭42) 等がある。
🔳 青木繁の才能を高評価する作家今東光の小説『悪童』より
今 東光(こん とうこう ) は、1898 ( 明治31 ) 年3月26日生まれ.の天台宗大僧正、作家、政治家。
第1回文展が開催されたのは1907( 明治40 )年なので、 この設定は今東光の実体験に基づく話ではないが、1916( 大正5 ) 年には画家を志し、太平洋画会/太平洋美術会、川端画塾に通っていたことや、画家・関根正二との交友もあったことなど、同時代の画家たちへの関心は相当に深かった。
「海の幸」が、重文指定されたのは1967 ( 昭和42 )年、「わだつみのいろこの宮」が重文指定されたのは1969 ( 昭和44 )年、青木の業績を広くを世に知らしめた美術史家河北倫明の著作 養徳社刊『青木繁-生涯と芸術』の刊行が1948 ( 昭和23 )年なので、1958年出版のこの小説の一節は、かなり早い時期の青木繁への高評価と言える。
同書では、青木の当時の風貌についても記述している。おそらく、東光が絵を学んでいた若い日に、画家仲間のうちに伝わっていた話を、小説の中に描いたのであろう。
令和5年9月 瀬戸風 凪
setokaze nagi