冷蔵庫に好きなものを詰め込む
私は冷蔵庫が好きだ。
冷蔵庫は、どんなものも冷やす。
温かいものだって、急速冷凍なんて技術もあったりして、その食材に合わせて冷やしてくれる。
好きなものをどんどん入れておける。
私の中では宝箱のようなものだった。
色んなもので詰まった冷蔵庫を見ると、私は満ち足りた気分になるのだ。
あの人の全てが、私は好きだった。
顔、指、腕の筋肉のつき方、優しく話す所。怒った時のクセ。帰るときは必ずハグしてくれる所。
全てと言うのは大袈裟すぎる気もするが、長くは続かない関係だからこそ、私は全てを愛おしんだ。私の中で『彼の好き』で満たされるが嬉しかった。
私の好きな冷蔵庫に閉じ込めたいな。
そんなバカみたいな妄想が浮かんでしまう位に、私は彼に堕ちていた。
「俺、転勤になるんだ。」
彼は用意したシナリオを話すように、流暢に話し出した。
私は嘘だとすぐ分かった。
ずるいなあ。
私は思わず笑ってしまった。
こんな時の嘘でさえ、愛おしいと感じさせてしまう彼に、自分に笑ってしまった。
その日私は笑ったまま別れた。
実は、こんな日が来ることはずっと覚悟していた。しなければいけないと思っていた。
だからこそ、彼の全てが好きだったし、その一瞬を閉じ込めたい。そんな風に思っていた。
だからか、私は案外鼻歌なんか歌いながら帰路についた。
家に着き、ルーティンのように冷蔵庫を開ける。
今日も冷蔵庫の中にはたくさんの食材が詰まっていて、この子たちを健気に冷やし続けている。
ふと、冷蔵庫の中に、しなびたキュウリを見つけた。
新鮮さを保っている野菜たちの影に隠れて、キュウリはひっそりとしなびていた。
私はその瞬間、堪えきれず泣き崩れた。
私は、彼を好きだった。
でも、その好きを閉じ込める作業が好きだったのだ。閉じ込めて、その好きを眺めて満足する自分が好きだったのだ。
そんな覚悟しかなかった。
私はしなびたキュウリだったのだ。
しばらくして私は、そのしなびたキュウリを持って立ち上がり、料理を始めた。
泣きながら、キュウリと豚肉を炒めて、卵を絡めた。
泣きながら、いただきますをして、その料理を食べた。
咀嚼して、飲み込んだ。
「ご馳走様。」
いつもより大きな声でそう私は宣言した。
そして、再び立ち上がり、冷蔵庫の中の整理をし出した。
「なんだよー。処分しなきゃいけないもの、結構あるじゃん。」
そんなことを時々呟きながら、私は冷蔵庫の中身を整理し、処分するもので日持ちのする料理を作った。
何でもかんでも宝箱に想いを詰め込んだ自分を手放す為に。
少し、つよがりながら。