演技経験0の私が、おばちゃんパワーで参加した栗山民也さんWS(3)
栗山民也さんワークショップ4日目
この日は最後に、本番のように全ての通しをしました。
「嘘のないように」
栗山さんが4日間繰り返し伝えてくださった言葉です。
この言葉を胸に、広島の原爆が投下されてからの約1ヶ月半の風景の朗読劇を10人で約1時間かけて表現しました。
もちろん、納得のいく内容でもないし、栗山さんの見せてくださった広島の風景を、私が言葉で発せられたかというと、全くもって不出来だったと思います。
でも、私以外の9人の役者さんたちの躍動する言葉、声に私は本気で感動していました。
通しが終わり、各自感想を求められて一人一人発言していたところ、1人の女性が言葉に詰まってしまいました。
彼女は今回最年少でまだ19歳。私の息子と同じ歳。
自分の気持ちを言葉にして表すのが苦手な子なんだろうなと、この4日間で感じていました。
「えーと、えっと…」
その時の感想を述べる時も彼女は長い時間言葉に詰まってしまっていました。
でも、栗山さんはじっと待ちます。
私は声をかけて助け舟を出してあげた方がいいのかな、母親目線でそんなことを思うくらいの時間と雰囲気が辺りを包みました。
でも、彼女はついに自分の言葉で語り出したのです。
そんなに長い文章ではありませんでしたが、誰の力も借りず、自分の思いを真っ直ぐな姿勢、真っ直ぐな視線で話す姿に、1人の人間の成長の場面に立ち会えてる!!と猛烈に感動しました。
この4日間、演技をし続けた事で、自分を表現すると言う事を成し遂げた彼女は、確実に成長していたんだと思ったからです。
栗山さんは彼女が話し出してくれると信じていたような顔で彼女の感想を聞いていました。
栗山さんが、彼女の成長の舞台を用意してくれていたんだと思います。
そして、今回一緒になった他の仲間もみんな、素晴らしかったのです。
栗山民也さんのワークショップに参加したのは、私を含めて女性5名、男性5名の計10名。
ほとんどが東京で俳優として活躍されている方で、20代の若者でした。
そんな本気の彼らの中に、こんなド素人のおばちゃんが混ざってきたのは明らかに異質で、彼らにしてみたら
「遊び半分で来やがって」
と思うのも当然なのに、彼らからそう言った雰囲気は全くなく、こんなおばちゃんにもフラットに会話をしてくれました。
私の変な自己紹介を褒めてくれた方、台詞回しに困っているとアドバイスをくれた方など、本当に、本当にチームとして受け入れてくれてたんです。
そんな彼らと3日目終了後の夜、栗山さんを囲んで中打ち上げ的なものが開催され、私は少し場違いかなあと思いながらも参加していました。
お酒も入り、少し饒舌になった彼らは自分の舞台の話、演技の話をお互いにし始めます。
その風景がキラキラ輝いていて、ああ、夢を持ってそれに向かっている姿って素敵だなあ…こういうの眺めるの、いいなあ、幸せだなあと思っていたら、1人泣き出してしまっていました。
突然泣き出したおばちゃんを目の当たりにして周りがおかしな雰囲気に。
「なんでなんで?!」
「いや、夢を持ってる姿がキラキラしてて素敵で嬉しくてなんかわかんないけど、泣けてきたの」
「オカンかー!!!」
といじられる始末。
「でも…この歳になってもフラフラしてるのは家族からいつまでこんな事してるんだって言われます」
「そんな周りの声なんて気にしなくていいの!!自分の中に声が聞こえるうちは、それに従えば良いんだよ!!」
なぜか熱弁のおばちゃん。
ちなみに私はノーアルコール。つまりシラフw
何かに向かって突き進む彼らの姿を見て、素敵だなあと思える場に出会えるなんて!!
本気で応援するから!!!
4日間を終えて待っていたのは、9人の若者(1人だけ同世代がいましたが)のストーカーになって、応援していくことを決めたオタクの爆誕でした。
ワークショップが終わって1ヶ月近く経とうとしていますが、栗山さんからいただいた言葉を一つ一つ書き込んだ台本が、私の宝物となって、毎日カバンに入れて持ち歩いています。
「演劇とは、歴史を再生する装置」
これも栗山さんが繰り返し伝えて下さいました。
歴史は過去のものなので、知らない人もどんどん増えてくる。
死んだ人は沢山のことを知っているけど、語る術がない。
だから、演劇というのは死者の記憶を作家が言葉にして、演出家がその場を作り、俳優が演じてその記憶を後世に伝えていくのが演劇なんだ。
そういうことなのか。
だから、栗山さんの描く日常は本当に日常で、そこになにか特殊な環境があることを忘れてしまう、そんな雰囲気がある。
でも、必ず背後にはその特殊な環境。今回は原爆という現実があって、日常が穏やかだからこそ、その背景にある変え難い環境のことがより浮き彫りになる。
だから、日常を扱う仕事をしている私はこんなにも栗山さんの舞台に惹きつけられるのだと改めて思いました。
今回、WSに参加したかった理由がもう一つあって、演出家として年間10本の舞台を作り上げる栗山さんがどのようにしてそのカンパニーを形作って行くのか?
それを知りたかったのもあります。
私は仕事の立場上、後輩をまとめたり教育する立場にあります。
栗山さんのスキルを一つでも盗めれば良いなと目論んでいました。
結果、栗山さんがすごすぎて今の自分には何も真似できるもはなかったし、真似しようなんてこと自体がおこがましいと感じました。
でも、4日間を通じて1番学んだことがあります。
『景色を伝える』です。
先にも述べましたが、今回の台本で栗山さんはずっと広島の景色を私たちに伝えて下さっていて、それはこんな素人の私にも容易に想像できてしまう。
これは栗山さんの『伝え力』なんだと。
景色を伝えることで共通認識がしやすくなるのかもしれないと、これからの自分の課題として追い続けることにしました。
また、もう一つ発見がありました。
井上ひさしさんの台本の言葉は、とてもリズミカルで、私の中では「和製ラップのようだな」と思いました。
そう思ったら、台本の一つ一つの言葉が音符のように思え、改めて読み込むのが楽しくなったのです。
音楽に親しんでいる私は、こう言った理由でも井上さんの作品に惹かれるのかなと思いました。
これから舞台を鑑賞するときは、言葉の一つ一つの世界とそこに見える風景、そして言葉の豊かさを今以上に受け取っていきたいと胸に刻みました。
おばちゃんの図太さで始まった4日間のワークショップ。
思いもよらない感情が発見できたり、私の大好きな松下洸平さんが普段よくいう『嘘のないように』という言葉が、聞けたことへのミーハー心が満たされた感(笑)など、色々ありました。
最後、みんなとお別れするときに
「じゃあね!おばちゃん!!」
そう言って手を振ってくれた君たち!
おばちゃんは図々しいから、マジで応援していくからね!!覚悟しなよ!
そう言いながら満面の笑みで、芸術座を後にしました。(おわり)
追記
この写真は、稽古場の外が芝生になっていて、休憩時間にかわい子ちゃんとキャッキャ言いながら、遊んだ一枚です。
この4日間を表すような素敵な一枚だったので最後に載せます。