近代短歌(3.3)与謝野晶子
夜の帳にささめき尽きし星の今を下界の人の鬢のほつれよ
夜の帳にささめき尽きし星の今を下界の人の鬢のほつれよ
『みだれ髪』
【夜の帳】よるのとばり[ちょう]
帳とは室内を区切るための垂れ布をいう。「夜の帳」は夜の闇をその垂れ布にたとえたことば。この歌では元の垂れ布という意味も生きているだろう。
【鬢のほつれ】びんのほつれ
鬢とは耳元の髪の毛のこと。調べてみると、座敷歌に「鬢のほつれ」というものがあるらしい。
引用元のサイトによると、1番は遊女の苦労を、2番は男女の営みをうたっているらしい。「鬢のほつれ」にこのような意味を見出すなら、歌の解釈が変わってくる。
【星】ほし
この「星」に、「夜の帳」との繋がりから織姫と彦星の物語を想像することは可能だろう。ただ、別の解釈として「星」に与謝野鉄幹が主宰した詩歌雑誌「明星」を重ねることができる。
つまり、元々天上の人であった鉄幹は「今」「下界の人」となり、私の隣で「鬢」を乱して寝ている……。
その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな
その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな
『みだれ髪』
【内容】
その子は二十歳、櫛にとかれる黒髪に青春の誇らしさが見え、美しい。という意味。今までの歌を踏まえると、「その子」は語り手自身(≒与謝野晶子自身)を詠んだ歌と読める。鏡の前で髪をすいている姿を思い浮かべればいいだろうか。
海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女となりし父母の家
海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女となりし父母の家
『恋衣』
【海】うみ
海自体は季語になっていないが、「海亀」「海開き」「海水浴」などが夏の季語になっている。ここでは俳句に加え、「海」を詠んだ短歌を挙げてみよう。
【遠鳴り】とおなり
音が遠くから/遠くまで鳴り響くこと。海から鳴る轟音を「海鳴り」、波の音を「潮鳴り」、山の地鳴りを「山鳴り」などという。
そして、潮が満ちてくるにつれて響く波の音を「潮騒」という。
【内容】
海が恋しい、そこには潮鳴りを数えて乙女になった実家があるから。というような意味。
劫初より作りいとなむ殿堂にわれも黄金の釘一つ打つ
劫初より作りいとなむ殿堂にわれも黄金の釘一つ打つ
『草の夢』
【劫初】ごうしょ
世界の始まり、天地開闢という意味。
【内容】
世のはじめから人々がつくってきた芸術の殿堂に、私も一つの黄金の釘を打ちつけるのだ。という意味。「黄金の釘」という言葉の選択が非常に巧い。小さく、しかし硬固な金色の釘。芸術の歴史に、ささやかに、輝かしい足跡を残すのだというその信念に圧倒される。