![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54729856/rectangle_large_type_2_5504c522bbab3ace121afd1697358b7e.jpeg?width=1200)
ひめゆり学徒隊とは何か〜風化する記憶への警鐘
こんにちは、大江仁です。
先日、こんな記事を見つけました。
沖縄県にある「ひめゆり平和祈念館」がコロナの影響で入館者数の激減に見舞われており、運営に苦慮しているそうです。
こうした祈念館というのは、営利目的というよりは、日本の悲しい歴史を繰り返さないために、後世に残していくということが主たる目的なのですが
やはり来館者がいないと運営も苦しくなってしまうのか思うと、悲しくなるところではあります。
僕自身まだ訪れたことがないところではありますが
こうした戦争の爪痕を後世にまで語り継ぐ施設は絶対に必要だと感じますので、ここでは、そもそもひめゆり学徒隊についてご存知ない方もいらっしゃるかと思いますので、
簡単ではありますが、ご紹介したいと思います✨
ひめゆり学徒隊は1944年12月に日本軍の看護訓練によって作られた女子学徒隊のうち、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の教師・生徒によって組織された部隊です。
沖縄は日本で唯一本土決戦が行われた激戦地。
日本軍は中等女生徒までもを戦力と捉え、この学徒隊を組織しています。
1945年5月下旬以後、戦局はどんどん悪化する中、
負傷兵の看護に従事していました。
この激戦地でひめゆり学徒320人のうち、136人が犠牲になりました。
戦局が悪化した6月18日、突然、学徒隊の解散が言い渡され、戦地に女生徒たちが投げ出されました。犠牲者のうち10名は逃げ場を失い、手榴弾で自決したと言われます。
1946年には慰霊碑である「ひめゆりの塔」が建立されています。
戦後75年以上経過し、風化されていこうとしている記憶を
記録として風化させない使命を果たすこの祈念館。
僕自身もなんとか折をみて、訪れることができたらと思います✨
画像引用元 https://doyusha.net/ikite/