読書録 2023年10月

網野善彦『異形の王権』

 中世民衆思想史の異端児・網野善彦が、民俗学をはじめとする周辺学問の成果を受け入れながら、中世における「異形」の文化史を描き出す試み。一章にあたる「異形の風景」、二章にあたる「異形の力」で、図画資料から「異類異形」の姿を描き出し、鎌倉期には「聖なる」ものとして見られていた「異形」が、南北朝動乱期を境に、忌み、差別されるものへと変化することが述べられる。そして終章にあたる「異形の王権」において、天皇制の存続すら危ぶまれた時代に後醍醐天皇が「異形」を聖なるモチーフとして積極的に用いていくのだが、後醍醐政権が短命に終わったことによって「異形」から聖性が剥奪されたことで文化史の大転換が起こったと説明される。
 「異形」≒「非人」が天皇に直接連携する形で聖性を纏うという網野史観の一端に触れることができて大変楽しかった。河原者や乞食、悪党や悪僧、童形、遊女など様々な「異形」が同類系の聖性を持つというのは、現在の学問水準から見てどうなのかは別にして、読み物として大変おもしろかった。

佐野洋『見習い天使』

 シニカルな雰囲気漂うショートミステリ集。人間みんな同じ穴の狢ですよね、みたいな雰囲気の作品群。恋愛、とくに浮気にまつわる話が多いのが印象的。「モデル・ガン殺人事件」「親ごころ」が好みだった。
 十月中盤は労働によって心身を蝕まれていたので、一日の終わりに少しだけ読むこの本にいくらか救われた。

アンソニー・ギデンス『親密性の変容 近代社外におけるセクシュアリティ、愛情、エロティシズム』(松尾精文、松川昭子訳)

 ジェンダーのあり方が変化するにつれて、「親密性」にどのような変化が生じているかを扱う書。避妊技術の向上によって、セックスが生殖と切り離されたことに変化の契機を見出し、人々の間に「純粋な関係性」が生じ始めていると論じられる。変化に柔軟に対応できているのは女性で、男性たちは暴力的な態度を改めるべきだという調子に、一方的な説教くささを感じてしまう。
 本書で論じられるような、関係性の型が喪失して個々人が関係性を自由に選択できるようになる世界が到来しているとしたら、それはそれで足場がなく不安なことなのでは無いかと感じた。フロムの『自由からの逃走』的な。

レイ・ブラッドベリ『華氏451度』(伊藤典夫訳)

 本が禁止され、官製の焚書部隊=昇火士が存在するディストピアを描く小説。焚書が権力による弾圧ではなく、大衆の即物的な快楽の追求と、それに付随する、衝突を回避したい精神から行われるものとして描かれている点、焚書に疑問を抱かず享楽的で怠惰な生活を送る主人公の妻の友人が、自分の子供を含む周囲の人間に強い愛情を感じない人物として描かれている点など、現代でも社会批評の鋭さが全く色褪せていなくてすごい。面白かった。
 ただ、戦争によって都市が壊滅し、知識人たちが本を携えて再起するエンディングは、選民意識が透けていて少し苦手。ベイティのように教養がありながら焚書に従事している人物が出てきた点は好きだった。

春日武彦『恐怖の正体 トラウマ・恐怖症からホラーまで』

 精神科医の手になる恐怖解説書。「①危機感、②不条理感、③精神的視野狭窄ーこれら三つが組み合わされることによって立ち上がる圧倒的な感情が恐怖という体験を形づくる」という見解が示された後に、種々の恐怖について所感が述べられる。恐怖について客観的に分類・分析する方法は取られず、文芸作品等を通じて各種恐怖の解像度を底上げする形で恐怖について説明していくスタイルが取られている。度々登場した、不可逆性によって恐怖が喚起されるという指摘が印象に残った。
 引用される種々の恐怖譚に戦慄を覚えて、喫茶店内で声をあげそうになった。自分がビビりな質であることを突きつけられた気がする。

渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』

12

 『俺ガイル』第十二作。雪ノ下雪乃が、父の地盤を継ぐという既定路線とは異なる将来の希望と向き合うことを決断すると同士に、奉仕部の二人にその決意表明を見守って欲しいと依頼する。程なくして一色から卒業式前にプロム・パーティの援助を依頼され、雪ノ下が一人で受ける。物語もいよいよ終盤という雰囲気が立ち込めている。終わらないでほしい...。
 雪ノ下陽乃との対峙が予想よりも呆気なく終わり拍子抜けした。これまでの悪役ぶりをかなぐり捨てて今更雪乃に寄り添うのはやめてね...。陽乃の言うような「共依存」まで「本物」でないと切り捨ててしまうなら、後には何も残らないんじゃないかと思う。
 ここまでラブコメ展開を比企谷視点で楽しんできたので、ここに来て由比ヶ浜の視点が挿入されるのはあまり好みではなかった。

13

 『俺ガイル』十三作。援助を拒否し続ける雪ノ下に対して、比企谷は雪ノ下と対立することを選ぶ。生徒会よりも過激なプロムの案を作り上げ、相対的にマシな生徒会案が採用されることを目指すことで。比企ヶ谷が雪ノ下・由比ヶ浜以外のキャラクター達と対話することを通じて、比企谷の思考が朧げながら表面化していく巻。葉山には本当に救済されてほしい...。まちがえないことに拘り続ける比企谷の姿が、自意識過剰で臆病な思春期を体現しているようで良かった。
 由比ヶ浜までもが三人は「共依存」なんかじゃないと雪ノ下陽乃に詰め寄るのだけれど、「共依存」だっていいじゃないかと言いたくなる。「共依存」を排して「本物」を手に入れようというのは修羅の道だろうから。
 雪ノ下母との対立が拍子抜けするほどあっさり終わったのは好みだった。

14

 『俺ガイル』十四作。奉仕部の一年間を締めくくる終章。最後まで「本物」を夢見る比企谷は、雪ノ下・由比ヶ浜との三角関係に終止符を打つことを決断する。
 由比ヶ浜とは恋愛、雪ノ下とは友情を深めて終わると思っていたので、雪ノ下ルートでの終わりに驚いた。あまりに唐突な展開に(よく考えれば決して唐突ではないのだが)、由比ヶ浜派の一人として怒髪天をつく思いだった。
 読み終えてから一晩経って冷静になってみても、このエンディングはちょっと酷いんじゃないかと思う。そもそも「本物」への拘りを捨てられずに生き続けるのはしんどいとも思うし、爆発的な激情で事態を解決する比企谷のやり方が「本物」だとは思えない。これまで由比ヶ浜と紡いできたような迂遠で地道なやり方に耐えられない比企谷が、劇的な雪ノ下への告白という形で由比ヶ浜から逃げただけに見える。言葉を尽くして「本物」を証明するなら、せめて由比ヶ浜にもちゃんと話してあげてね...。

14.5

 『俺ガイル』番外編その三。十四巻後の小編が描かれる。刊行年が2021年ともなると、時事ネタが現代に近づいてきている感が強い。比企谷たちの卒業を意識して未来に想いを馳せる面々の静けさが良かった。

結1

 『俺ガイル』の由比ヶ浜編その一。冬休みを舞台に、これまで同様比企谷の一人称視点で物語が語られる。前半では折本かおりから、終盤では雪ノ下陽乃からそれぞれ、由比ヶ浜と雪ノ下のどちらを選ぶのかと迫られる。逡巡する比企谷の姿を見るのはやはり楽しい。本編との重複も多くてやや退屈だったけれど、後編への助走と考えれば楽しみになってくる。

結2

 『俺ガイル』サイドストーリーその二。これで完全完結だと思っていたらまだまだ続きそうで驚く。十巻を丸々やり直す作品で、結はじっくりやっていくつもりなんだろうなと感じる。
 本編のパラレルワールドのような雰囲気があり、葉山との緊張感溢れるやり取りが削られていて、青春の取り返しのつかなさみたいなものが相対化されているようで悲しい。ただ由比ヶ浜に向ける比企谷の動揺や恋情が丁寧に描かれているのは良かった。いっそ由比ヶ浜ルートになったりしないかな...。

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