読書録 2023年12月

労働が憎い・・・!

伴名練『なめらかな世界と、その敵』(ハヤカワ文庫)

 SF短編集。それぞれが各種SF的設定に疎外感を感じる人物を主人公に据えた作品群で、健康的で瑞々しい若者達の物語という印象。最も面白く読んだのは「美亜羽へ贈る拳銃」で、脳へ与える電気信号の操作による性格の変化を、完全に別人格の発現とと捉える主人公の潔癖さが眩しい。
 ここ最近触れていたSFは毒を含むものが多かったので、ライトな書き振りに少し物足りなさを感じた。著者はSFの良き読み手として知られる作家のようなので、<SFの臨界点>シリーズにも触れてみたい。

泡坂妻夫『11枚のとらんぷ』

 マジックショーの最中に姿を消した女性をめぐるミステリ。殺人事件が起きても数日後にはグループでマジックの国際大会に参加したりしていて、かなり自由。アマチュアのマジシャン達が主人公で、ショーでも失敗が重なるあたり、泡坂の在野の好事家への親しみが現れているように思う。

夏目漱石『道草』

 漱石の半自伝的な、自然主義文学に近いとされる小説。親族や関係者が相次いで金の無心をしてくるとういうのは、生々しくて嫌な感じがした。朗らかな人物が一人もおらず、陰鬱な雰囲気が漂っている。欲得ずくで行動する人間の姿がこれでもかと描かれていて、漱石の「神経衰弱」の一端を覗いたような気がする。

梅原猛『地獄の思想 日本精神の一系譜』

 仏教的な「地獄の思想」を日本文化に見出そうとする試み。古くから仏教思想に「地獄」は普遍的に見られることを指摘し、「地獄」を凝視して生きることの重要性が説かれる。アミニズムを素朴に論じている辺り、半世紀前の著作だなぁと感じた。
 後半部は文学論というよりは作家論という趣。紫式部、『平家物語』の作者への仏教の影響がある程度作者のバックボーンから論じられていたので、世阿弥、近松門左衛門へのそういった考察の乏しさに少し物足りなさを感じた。太宰治の唯一の積極的な意志は「尊敬されんとする意志」であり、その裏返しとして彼の「道化」はあるとする評が面白かった。梅原猛の芥川論も読んでみたいなぁと思った。
 小説のような書き振りで、すらすら読むことができた。

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