読書録 2023年9月

カレル・チャペック『ロボット(R.U.R)』(千野栄一訳)

 「ロボット」という言葉が初めて登場したとされる古典的戯曲。人間に代わって労働をさせるために開発された人間の模造品=「ロボット」が、無能な人間に代わるべく反乱を起こすという筋書きは、今やよくあるものだけれど、1920年段階から構想されていたことに驚く。SFは資本主義社会における文芸なんだろうなと思う。
 エンディング含めてキリスト教的価値観が色濃く反映されている。人間が創造主を騙ることへの反発。
 ロボットが労働に従事し、人間が労働をしなくなった世界では子供が産まれなくなるという展開は、世界的に出生率が低下している昨今の状況を見れば示唆に富む、ような気がする。

栗原康編『大杉栄セレクション』

 大杉栄虐殺から100年の節目に編まれた評論集。岩波等の評論集と比べて生物学的な色彩の強い評論が多く収録されているのが特徴。近藤憲二の著作なんかも収録されている。大杉のような敗者の思想が読み継がれる土壌があることは良いことだと思う。
 学生時代、社会人になって大杉を読んだらさぞ共感するだろうと思っていたがそんなことはなく、そんなにうまくはいかないよ...という気持ちが強い。改めて読むと実践的に大杉を読むのはかなり難しいと思った。個性の発揮と「相互扶助」との関係が極めて曖昧。現代に大杉を読む価値があるとすれば、きっと個人主義の部分だろうと思う。そうして読むと、大杉の個人主義にニーチェの影響が強く出ていることに気づいた。
 自我の皮を一枚一枚剥いていってなにも残っていないところから生長が始まる、という「自我の棄脱」は、何を出発点としたらよいのか、いまだに分からない。

A・E・ヴァン・ヴォークト『宇宙船ビーグル号の冒険』(沼沢洽治訳)

 職場の大先輩に借りて読んだ長編SF。宇宙探索をするビーグル号の乗組員たちと超人的な科学力を持つ宇宙生物たちのとの駆け引きが描かれる。ところどころで船内政治が描写されていて、SFにおいて政治劇は外せないものなんだろうかと思った。
 主人公のグローヴナーが総合科学者という設定にされていて、学問の専門分化への問題意識が前傾化していたのが印象に残った。それにしては総合科学は具体性を欠くように思えるけれど。
 主人公が別分野の科学者に、「あなたは幅広い知識をお持ちのようだが、どんな睡眠学習方を用いてるんだ?」みたいな皮肉を言われて、本当に睡眠学習機が出てくるところが面白かった。

千葉功『南北朝正閏問題 歴史をめぐる明治末の政争』

 桂園内閣期に国定教科書の記述をめぐって物議を醸した南北朝正閏問題。その論争の立ち上がりから政治問題化、そしてその政治的解決までを追う書。南北朝正並論の国定教科書へ反発はまず、近代的な史学=官学アカデミズム≒「古文第一主義」に対する、大義名分論を重視し南朝正統を採る漢学派閥=非官学アカデミズム≒道徳教育重視派閥からの反発として立ち上がる。そこから非主流の政党人や新聞を巻き込んで問題が大きくなっていき、桂内閣への責任追及として政治問題化するという流れ。アクターが増えていく中で様々な思惑が錯綜する経過が印象深い。
 藤沢元造という人物がかなり面倒臭い奴であることが第三章を通じてよくわかった。彼の衆議院議会における奇怪な行動が、新聞紙上で面白おかしく報道されつつ、彼の行動は桂による圧迫と表裏一体なのだとして、桂批判に繋げられていったという点について、メディア(例えば『萬朝報』)も上手いことやるなぁと感心してしまった。
 南北朝正閏論争は単に理知と道徳の対立ではなく、南北朝並論派の三上参次や喜田貞吉も国体論教育と矛盾しない史実として戦略的に並論を採用したという指摘が面白かった。

渡航『やはり俺の青春ラブコメは間違っている。』シリーズ

3

 俺ガイル第三作。入学式の事故の事情が明るみになり気まずくなった比企ヶ谷と由比ヶ浜が関係を精算し再構築する話。由比ヶ浜とのやりとりが思っていたより少なくて物足りなさを感じる。
 材木座の夢が嗤われるくだりの解決の仕方が、かなりストレートに夢を追うことを肯定していた点が印象に残った。陳腐な教養主義で他人を貶す一年生に対して、誰だって夢を見ていいんだ!と気合で推していく展開には無理を感じた。一年生たちの言い分にはそれなりの説得力があるわけだし。材木座が典型的なワナビーであるから余計にそう思う。 

4

 『俺ガイル』第四作、夏休み。奉仕部の面々+αは林間学校で小学生の世話役をつとめる。非日常なイベントが挿入されることで、物語が転換しそうな気配がする。
 比企ヶ谷と葉山とのやりとりに思春期の手触りのようなものが宿っている気がして、心躍った。葉山が想いを寄せる「Y」は由比ヶ浜なのか雪ノ下なのか気になる。とても楽しく読んだ。
 由比ヶ浜の快活さが比企ヶ谷を卑屈な世界から救い出してくれるのではないかという予感を信じたい巻でもあった。多分そうはならないんだろうけれど、どうか由比ヶ浜ルートで終わって欲しい。

5

 『俺ガイル』第五作。比企ヶ谷が各キャラたちと遊んだりする短編集。各キャラクターにフィーチャーすることで、雪ノ下の不在が強調されている印象を受ける。
 既に比企ヶ谷は"ぼっち"ではないのだけれど、それは実態の問題ではなくて比企ヶ谷自身がどう思っているかの問題だというのが、花火大会のくだりを通じて感じられる。ラブコメの形態を取りつつ、雪ノ下や由比ヶ浜との交流を通じて比企ヶ谷が青春の前に逡巡したり成長?したりするのを楽しむのが、『俺ガイル』の読み方なんだろうな、と現時点では思っている。比企ヶ谷を導く由比ヶ浜をもっと見たい。

6

 『俺ガイル』第六作、文化祭編。不運にも文化祭実行委員に選ばれた比企ヶ谷が、文実のタスクを一貫して「仕事」と読んでいるのだが、本当に「仕事」のようで、それも「仕事」の悪い部分ばかり強調されていて、読みながら心臓の鼓動が早くなってしまった。そういったイベントの負の側面のリアリティが後半以降の比企ヶ谷の爆発への展開を支えていて、恐ろしい巻だった。
 比企ヶ谷が、由比ヶ浜の社会への適応力と、雪ノ下の我を通す芯の強さとに感化されつつ、自分の潔癖さ故に最悪の形で相模南と対峙してしまう、思春期の失敗を描く作品で、苦しみながら面白く読んだ。正論を突きつけて論破!で終わらないのが良い。ぼっち自体は悪いわけではないけれど、比企ヶ谷は変わらなければいけない。その変化はどのように達成されるのか、今後が楽しみ。
 由比ヶ浜との関係について、逡巡しながらも前に進めようとする比企ヶ谷の決意が見られてとても良かった。デート会に期待。

7

 『俺ガイル』第七作、修学旅行編。奉仕部に、海老名への愛の告白のサポートを依頼する戸部と、男子四人の仲を取り持つよう依頼する海老名。葉山グループの面々が様々な思惑を巡らせる話。ラブコメなのに恋愛の煩わしいところばかり描かれている。
 またも比企ヶ谷は自分だけが傷つく方法を取って事態を解決してしまう。海老名をはじめとして、比企ヶ谷をぞんざいに扱う葉山グループによって、比企ヶ谷の潔癖症が自己防衛のために仕方がないもののような気がしてしまう。六巻ほどではないけれど、苦しい話だった。今作は比企ヶ谷本人以上に由比ヶ浜や雪ノ下を見ているのが辛い。早く比企ヶ谷には救済されて欲しい。

8

 『俺ガイル』第八作。生徒会選挙を巡って比企ヶ谷、雪ノ下、由比ヶ浜が個人プレーをする話。依頼の内容も悪意から始まるものだし、依頼人の一色の印象もあまり良くない。雪ノ下陽乃の行動が胸糞悪い上に、折本かおりという最悪なキャラクターも物語に噛んでくる...。青年期の自意識を描くジュブナイルとしては高い完成度だけれど、それにしても展開がつらすぎる...。
 葉山が折本を裁くも、気持ちよく論破して終わり!とならないところが『俺ガイル』の面白いところなんだろうな、と思った。正論だけで切り抜けられないことを学ぶのも青春の役割というか。葉山にもどうか救済を...!

9

 『俺ガイル』第九作。新生徒会長・一色が抱える問題を、奉仕部として受けられずに比企ヶ谷が単独で依頼を受けることから始まる。長いこと続いていた奉仕部の緊張関係にようやく終止符が打たれて安堵している。
 「本物」欲しいよね、わかるよ...という気持ちになった。嗚咽しながら訴える比企ヶ谷の姿が胸を打つ。一色が比企ヶ谷に触発されて「本物」が欲しくなるという語りにも心を掴まれた。

6.5

 『俺ガイル』番外編その一。六巻の文化祭編から七巻の修学旅行の間、体育祭が描かれる。番外編なのでラブコメ要素強めだろうと気楽に構えていたら、学生集団の悪意と労働に塗れた巻だった...。比企ヶ谷がゴミ箱に悪戯されたり嫌な展開がちゃんとある...。結局相模南は成長できたと言えるんだろうか? 
 終盤の体育祭当日のくだりはさすがに番外編らしい華やかさで楽しかった。
 ぼーなすとらっく!(九巻直後のクリスマスパーティ会)で、比企ヶ谷が小町から受けた「プレゼントは消え物が無難」というアドバイスを無視してクッションやシュシュを選ぶところが、「本物」への憧憬を体現しているようで良かった。

10

 『俺ガイル』第十作。文理選択の時期が迫る中、自分の進路を明かさない葉山と、それを知りたい三浦の話。巻を追うごとに葉山が辛そうに見えてきて、彼が救済されることを切に願う。
 比企ヶ谷、葉山、雪ノ下雪乃、陽乃...様々な登場人物たちの「本物」を巡るあれこれが表面化してきていて、今後益々ヒートアップしていく予感。どうかそれぞれが上手いこと「本物」への憧れと折り合いをつけられると良いけれど...。
 太宰の『走れメロス』が下敷きにされているのだけれど、自分が学生の頃、『走れメロス』を読んで「信頼って恐ろしいなと」思っていたことを想起した。それもあって、挿入される葉山の太宰の読後感が、思春期に太宰を読んだ者の感覚を鋭敏に描写しているように感じた。太宰って俺に寄り添ってくれそうでいて、その実俺のことなんて歯牙にも掛けないよねーみたいな。米澤穂信<古典部>シリーズの「わたしたちの伝説の一冊」の折木の読書感想文のくだりを思い出して読み返してみたら、王の改心を疑う点が葉山と一致していて面白かった。

10.5

 『俺ガイル』番外編その二。流石に今回は番外編だけあって大きな事件や軋轢もなく、気楽に読めた。一色とのデート回で、ラブコメって本来こういう感じだよな...と思った。嵐の前の静けさという感もあるけれど。
 それにしても一色は奉仕部に頼り過ぎだな。そうしないと物語が進行しないのだけれど。

11

 『俺ガイル』第十一作。一色や三浦ら女子たちの依頼を受け、奉仕部がバレンタインデーイベントに参加する話。イベントをそつなくこなす彼らの様子と、一巻におけるお菓子作りのリフレインによって、比企ヶ谷にとって奉仕部が振り返れる過去を持つ居場所である点が強調されている。それ故に比企ヶ谷はいま・ここが変化しないことを願うと同時に、それは無理だと潔癖症が顔を出す。
 恋愛が誰かを選び、関係を変化させていくものだとしたら、「まちがっている。」ことに敏感な比企ヶ谷が由比ヶ浜や自分自身とどう対面するか、楽しみでもあり不安でもある。雪ノ下陽乃は巻を追うごとに嫌ーな感じになっているので、雪乃がどう折り合いをつけるのか、こちらはとても不安...。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?