読書録 2024年6月

筒井康隆『モナドの領域』

 河川敷で発見された女の腕。美大関係者が続々と捜査線上に浮上して・・・というミステリかと思いきや、「GOD」を名乗る上位存在が登場してSF的な展開を辿る小説。筋を追うというよりは、決定論的な宇宙哲学を追うことを想定して描かれているように思う。あまり面白くはなかった。
 公園→法廷→TVショウという形で「GOD」の知名度が上がっていく過程のディティールや、メタフィクション的な作者の登場の仕方は面白かった。

藤原正範『罪を犯した人々を支える 刑事司法と福祉のはざまで』

 社会福祉士を引退した著者が、裁判の傍聴を通じて、犯罪者の更生や福祉について考える本。多くの犯罪は社会的な弱者が追い込まれてやむを得ず犯すものだという議論が、実例に基づいて展開されている。
 著者が主張する、社会福祉士による裁判そのものや釈放後された人々の後見への介入を積極的に展開するというのは、人材的には難しいのだろうけれど、罪を犯した人々が更生しやすい社会を構築すべきとする点には強く同意する。凶悪事件が発生するたびに被害者の声ばかりフィーチャーされる昨今、真に犯罪の少ない世界を構築するにはどうしたらよいか考える本書の役割は大きいと感じた。

櫻田智也『六色の蛹』

 〈魞沢泉〉シリーズ最新作。6つの短編で構成されていて、これまで同様魞沢が不器用ながら同じく不器用な人々と出会あい、謎解きを通じて人々の心の柔らかいところに触れていく。読み終えると優しい気持ちになり、余韻に浸りたくなる小説。
 「白が揺れた」とその続編にあたる「黄色い山」は、事件の連鎖によって様々な人間の簡単には割り切れない感情が解きほぐされていき、しんみりした気持ちになる。

尾原宏之『「反・東大」の思想史』

 近代日本において最高学府として君臨する東大-東京帝大。東大に向けられる様々な批判を「官尊民卑」をキータームとして思想史にまとめる一冊。六章「「ライバル東大」への対抗心」を中心に、各所で出てくる非東大生の東大コンプレックスと、反対に東大生たちの所属大学への矜持が手に取るように感じられて面白かった。
 印象に残ったのは第八章「「凶逆思想」の元凶」で、原理日本社の蓑田や三井の東大教授排撃運動を「自分も帰属する本来愛すべき組織が腐敗しきっているがゆえ」の行動として描き出していた点。彼らの思想や行動に同調はできないものの、彼らは彼らなりに一生懸命だったんだなぁと妙な親しみを覚えた。
 そのほか第一章「「官尊民卑」の打破」で、『学問のすすめ』を描いた福澤が官制大学が作られ発展していく中で私学(慶應義塾)が蔑ろにされていくことを受け、次第に「反・学問のすすめ」と呼べるような実業教育の推奨と貧困層の切り捨てに舵を切っていく件も面白かった。また同章で描かれる、東大の破格の予算や職員への高待遇に触れて、独立行政法人化以降の国公立大学への仕打ちを思って悲しくなった。

寺山修司『さみしいときは青青青青青青青 少年少女のための作品集』(ちくま文庫)

 寺山修司の短編エッセイ・詩集。青というより海をテーマにした作品が多い。現実の海と内面にある海とをいったりきたりする印象で、寺山の内面世界に浸ることができたように思う。寺山にとって海というのが自我の形成に大きな役割を果たしたんだな、とも思った。
 「この世で最後の海のひとしずくはぼくの目の中にある。だから、このひとしずくをぼくは泣いてしまうわけにはいかないのです。」という一節が印象深かった。

谷崎潤一郎『春琴抄』

 美貌と才能とを兼ね備えた盲目の琴師・春琴と、彼女に生涯に渡って付き従った佐助。酷い仕打ちを受けようとも春琴を支え続け、挙げ句の果ては自ら盲者となる佐助の献身が描かれる小説。
 伝聞調の記述から、佐助が春琴へ向ける尊敬や愛情が漏れ出ていてよかった。小説が視覚を必要としない表現であることが、かえって盲者となった佐助が春琴と同じ世界を生きられるようになったこと、また盲者になることで美しかった春琴をいつまでも思い描くことができるということを際立たせているように感じた。

河合隼雄『こころの処方箋』(新潮文庫)

 河合隼雄の月刊連載をまとめた本。「人の心などわかるはずがない」から始まり、人間心理の複雑さや現代日本人の精神性についてざっくばらんに論じている。
 人は「忙しいから」という免罪符を求めているという話や、多くの人は努力せずに平静でいることが難しいという話が印象に残った。強いメッセージ性をもなく気安い本だった。

グレアム・グリーン『第三の男』(小津次郎訳)

 第二次世界大戦後、荒廃したウィーンを舞台として描かれる小説。友人を失った三文小説家が、友人の死の真相を探っていくストーリー。戦後の混乱の中で、生きるのに必死な人々の姿が描かれている。
 米英仏ソ四国の共同管理下にあるオーストリアの記録として読むと面白かった。とくに戦後の混乱と東西冷戦の影響下において、他者を蹴落としてでも生き延びなければならない人間の弱さの姿が哀しく見えた。

オスカー・ワイルド『サロメ』(福田恆存訳)

 ユダヤ王妃の娘・サロメと預言者・ヨカナーンの悲劇的な恋愛を描く戯曲。ヨカナーンから呪われた女として拒絶されたサロメが、母・エロディアスの後夫・エロドにヨカナーンの首を求め、サロメ自身もエロドに殺害される。耽美的で露悪的な恋愛譚。
 死への欲情に満ちたに満ちた退廃的な劇だと想像していたので、思いの外順当な悲劇だと感じた。それゆえに今なお人気を博しているんだろうか。

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