「ハッコウ」と聞いて、頭に浮かぶのは?
わたしは日本語教師をしている。学習者はさまざまで、日本語を外国語として学ぶ留学生や生活者、日本語母語話者でありながら日本語を学ぶ帰国子女など。そしてそのバックグラウンドはさらに細分化される。
それに応じて、「言葉の学び方」も多岐に渡ることを以前のnoteに書いた。
今回は、英語圏のビジネスマンと新聞記事を読みながらディスカッションしていた時の話だ。ビジネスマンと言っても日本語学習歴が特段長いわけではない。おそらく1年かそこらだったのではないかと思う。
「……だから、はやくハッコウするべきだと思います」
その彼が言った。
「ハッコウ」
酒好きの私の思わず漢字変換したのは、「発酵」。
だが、そんなわけがない。読んでいる新聞のトピックも酒やら味噌やらの話ではないし、発酵なんて漢語はかなり難易度が高い。
次に頭に浮かんだのは、「発行」。ああ、そうかそうか、発行ね。で、何を出すべきだと言っているのだろう。発音などのせいもあってか、文意が理解できない。
「ハッコウ、って、本を出すとかの意味ですか?」
と聞くと、彼は怪訝な顔をして、
「いいえ、条約をハッコウする、の意味です。」
そうか。「発効」か!
たぶんそのとき、私の顔は赤らんだのではないかと思う。新聞記事はTPPやパリ条約の話題だった。それらを専門としている彼が話すのだから、発行でも、もちろん発酵でもなく、発効に決まっている。
ただ、一つ言い訳をするとしたら、発効という漢語は超高度だ。日本語教育の場合、上級後半で出てくるかこないかという語彙だから、通常1年ぐらいの学習歴の人が知っている語彙ではない。知っているとしたら、中級前半の発行だと思ったのだ。(ちなみに、発酵は中級後半)
ビジネスマンの場合、職種や状況にもよるが、その仕事に関する言葉から覚えていく場合がある。このときの彼は、和語より漢語を優先的に学んでいた。例えば、「急に」は知らなくても「至急」は知っている、「偽物」は知らなくても「偽造」は知っている、という具合だ。
日本語学習歴同じ1年の学習者でも、日本語が必要なシーンが違うと、学ぶことばもずいぶん変わる。和語では同じ「選ぶ」でも、漢語の「選出」「選抜」「選択」では意味も変わるし、これを使い分けなければならない。
「日本語、語彙が多すぎます……」。今日も学習者の悲鳴に近い声が聞こえる…
みなさんの頭には、どのハッコウが浮かびましたか??