かじかんだ手を擦り合わせて暖めながら、シャッターを切る。
肌を刺す寒さが心地よい、1月3日午前8時30分。
JR神戸線の列車に揺られ、大阪駅に降り立つと、しんとした空気に思わずたじろいだ。
大阪駅なんて、いつも人でごった返しているのに。降りるより先に車内に乗り込んでくる人もいなければ、そもそもホームには人がいない。
新年早々の朝。
人の少ない駅舎を撮りたかった。
でも、普段とここまで空気が変わるとは、思っていなかった。
iPhoneを改札にかざして、駅舎を歩く。
ルクアはまだ開いていない。
人がまばらに行き交う広い駅のロビー(と勝手に呼ぶことにする)には、駅の向こう側にあるビルに、反対側に昇る太陽が反射して光が差している。
まぶしい。
と思ったら、フードとニット帽を目深にかぶった2人組が目の前を横切った。
即座にカメラを構えて、シャッターを切る。
ルクアの影から出て、長い影をなびかせながら歩く2人は、「颯爽」という言葉がぴったりなように見えた。
上りエスカレーターに乗る。
前方には男性があたりを見渡しながら、その動く階段に身を任せている。
その男性越しに、複雑に入り組んだ駅の天井が見えた。男性の背中は、まるで彼方に飛び立つ直前の宇宙飛行士のようだった。
まあ実物は見たことないのだけれど。そんなイメージでシャッターボタンを押した。
上から見下ろすと、大阪駅は意外と、「見える」。
みんなバラバラに歩いているけど、ぼんやりした影は同じ方向に伸びている。
ベンチに座るあの人は仕事かな、1人で何か資料を確認しているな。あ、あそこにパンダがいる。
みんな違う。みんな生きている。なんだか嬉しくなって、たくさん撮ってしまう。
阪急の方に歩いて行くと、大きな横断歩道がある。
信号が変わり、みんな一斉に歩き出す。まだ傾いている朝の日差しが、それぞれ別の目的で、異なる速度で、同じような方向に進む全ての人を平等に照らす。
人流が交差する。信号が点滅する。人が立ち止まる。
それを歩道橋から眺めていた僕の影が横断歩道に落ちる。
シャッターを切る。
あっという間に1時間が過ぎた。
喫茶店に入る。ホットコーヒーを注文し、カバンに忍ばせていた文庫本を開く。
又吉直樹『東京百景』
一つ開けた隣の席で老夫婦が腹ごしらえを始める。その話し声とBGMの調和に身を委ねる。すらすらと、文章が溶け入ってくる。
コーヒーがサーブされ、一口すする。あったかい。深くて、うまいブレンドや。
その香りを口内に残したまま、僕はまた、文字の底に沈むのだった。
(読書に夢中で、喫茶店を撮り忘れた。おかげで、いかにも締まりの悪い記事になってしまった)