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【前編】森林で学ぶ自然の豊かさと汗の尊さ~長野県佐久穂町教育委員会教育長・渡邉秀二さん、産業振興課長・倉澤栄司さん、南佐久北部森林組合専務・島﨑和友さん~

今回訪れたのは長野県佐久穂町。西に八ヶ岳を望み、地域の中心を一級河川・千曲川が流れる、人口1万人の自然豊かなまちです。
私が佐久穂町に興味を引かれた理由は、町内唯一の公立校である小中一貫校が実施するキャリア教育。林業をテーマにした「森林体験学習」という授業が、小学4年生から中学2年生までの5年間にわたって実施されています。
一次産業を絡めた教育活動で、林業というのは珍しい。ぜひ町の方に取り組みについてお聞きできれば……。そんなお願いに快く応えてくれたのが、町教育委員会の渡邉秀二教育長と、産業振興課の倉澤栄司課長、南佐久北部森林組合の島﨑和友専務のお三方です。
まずは、佐久穂町の林業の全体像から、インタビューを始めていきました。

長野県佐久穂町
【概要】
人口:10,362人 ( 2023年6月30日 現在)
面積:188.15平方キロメートル
産業: 農業(プルーン、ソバなど)、製造業
交通:東京駅から鉄道利用で約2時間
【取り組み】
・2015年に町立佐久穂小・中学校を小中一貫教育校として開校。児童446人、生徒271(2023年4月1日現在)。
・「小中一貫教育」「英語教育」「キャリア教育」の3つを柱とした「佐久穂教育」を策定。
・キャリア教育において、官民連携の「さくほ森の子育成クラブ」による森林体験学習を、小学4年生から中学2年生を対象に実施。

50年周期で考える資源サイクル

佐久穂町役場で、(左から)産業振興課長の倉澤栄司さん、教育長の渡邉秀二さん、南佐久北部森林組合専務の島﨑和友さんと

千葉 今日、この佐久穂町役場に到着して驚いたのですが、役場庁舎と聞いて想像されるような無機質な雰囲気はなく、木材がたくさん使われた居心地の良い空間ですね。

倉澤 ありがとうございます。この庁舎は3年前にできたばかりで、地元産のカラマツを多く使っているのが特徴なんです。

千葉 日本の人工林に植えられている木はスギが主体ですが、佐久穂町ではカラマツの生産が盛んなのですか?

倉澤 そうなんです。町内の8割が森林で、そのうち6割がカラマツの人工林になっています。

渡邉 2015年に開校した町立小中一貫校の校舎も、この庁舎と同じように、カラマツを多く使っています。校内には樹齢100年のカラマツの丸太を使ったモニュメントもあるんですよ。

千葉 実は先ほど、小中学校まで行ってみたんですが、外から校舎を眺めただけだったので、ぜひ校内も拝見してみたいですね。木の種類のほか、佐久穂町の林業についてもう少し詳しくお聞きしてもいいですか?

島﨑 それでは地域の林業の成り立ちから振り返ると、もともとの佐久地方での林業の始まりは1890年代、カラマツの植林が本格化したことにあります。その木が戦後、復興と経済成長に伴う需要で一通り伐採され、再び植林が行われたんです。当時は、「学校植林」といって、尋常高等小学校(現中学校)の子どもたちが車の荷台に乗って、山へ木を植える作業に駆り出されたそうです。

渡邉 私も、少し上の世代の方から、実際に子どもの頃に学校植林に行ったという話を聞いたことがありますね。

千葉 なるほど。すると、皆さんが今、林業で扱う木はその頃に植えられたものということですか?

島﨑 おっしゃる通りです。カラマツは50年ほどかけて、木材として使うのに適した大きさに成長しますので、ここ最近になり、資源維持のための間伐ではなく、木材の生産目的での伐採作業が行えるようになりました。

千葉 佐久穂の林業は、今後さらに発展が見込めるということですね。

倉澤 そのようなタイミングですから、町としては50年先を見据えた林業創生戦略を策定して、地域内で森林資源と経済が循環する、健全な林業を形成していこうとしているところなんです。6次産業化や資源のエネルギー利用、また森林や木材を活用した子どもたちの情操教育も、戦略として重視するポイントのひとつになっています。

民間主導で立ち上がった体験プログラム

千葉 林業の生産サイクルは、世代をまたぐほどの長期にわたるからこそ、担い手を育てていく重要性が強く理解できます。今回のテーマである小中学生の森林体験学習も、後継者育成の観点からスタートしたのでしょうか。

島﨑 おっしゃる通りです。過去にも、シイタケの菌がついた木片を原木に打ち込む「駒打ち」の体験は、学校と協力して実施していたのですが、よりリアルな林業の作業を見て感じてほしいと思うようになっていたんです。そんな時に、小中一貫校が開校することになり、新しくカリキュラムがつくられるこのタイミングを逃す手はないなと一念発起しました。まずは私と県と町の担当課とで話し合い、実現できそうなプログラムのアイデアを出して、学校側にプレゼンに行きました。

千葉 その時、学校側のリアクションはいかがでしたか?

島﨑 はじめはだめでしたね(笑)。やっぱり子どもたちが、けがをしてしまうのではという懸念が大きかったんです。とはいえ、私としてもすぐにはあきらめられないですから、安全対策も含めたプレゼンを1年ほど続けて、理解をいただきました。

千葉 住民が主体になって地域の公教育に関わっていこうというのは、素晴らしい姿勢ですね。根気よくプレゼンを続ける以外に、学校側の理解を得ていくために特別なアプローチはされたんですか?

島﨑 特別ということはないですが、佐久穂町と姉妹都市である府中市の子どもたちを受け入れての森林体験が20年ほど継続されていたので、開催の様子を先生方に見てもらったんです。それが作業に対する安心感と実施イメージをつかんでもらうきっかけになりました。その後、町内の製材やチップ製造などの林業事業体に声をかけ、仲間になったメンバーと結成したのが、「さくほ森の子育成クラブ」です。どの事業者の方も、子どもや孫が小中学校に通っていることもあって、快く協力してくれました。

渡邉 クラブは島﨑さんが専務を務められている南佐久北部森林組合ほか5事業体、町の教育委員会と産業振興課林務係、県の林務課で構成されています。具体的なカリキュラムづくりでも、教育委員会と島﨑さんたちが何度も話し合いをしました。

千葉 カリキュラムづくりでは、どのような点を意識されましたか?

島﨑 「4年生の社会科で水について学ぶから、山の湧き水を見学しに行こう」といった形で、発達段階や体験内容とリンクさせることですね。先生方には、「この学年ではこういう単元を勉強する」とリンクしそうなことをピックアップして教えてもらったり、実際に山での作業を体験してもらったりもしたんです。

倉澤 そうして組み立てられたプログラムを実施する場として、町は町有林11ヘクタールを提供しました。小中一貫校から車で30分ほど山の中を進んだところにあり、「創造の森」と名付けられた学校林として活用してもらっています。

体験で引き出される真剣さ

千葉 民間の皆さんと学校、行政とが密に連携して策定したカリキュラムですが、学年ごとにどのような段階を踏んで学びを深めていくのですか?

渡邉 4年生から中学2年生の総合的な学習の時間の中で実施していて、シイタケの駒打ちと湧水の見学から始まり、5年生で林業機械の体験、6年生で植林といった内容に発展していきます。そして中学生になると、1年生は製材所やチップ加工会社の見学、2年生は総まとめとしてインターンシップと活動発表を行うのが大きな流れです。木が植えられ、育ち、伐採されて加工・流通するという林業の全体像が、5年間を通して理解できるようになっています。信州大学の協力で作成した副読本も、事前授業で有効活用されていますね。

千葉 今簡単にお聞きしただけで、興味深い内容なのが分かるのですが、実際に体験に臨む子どもたちの様子はいかがですか?

倉澤 まずは、山の中に入って活動をすること自体を特別な経験だと捉えてくれていると思います。私たちが子どもの頃は当たり前に山で遊んでいましたけれど、今はこちらから提供しなければ、なかなかその機会はないですからね。

千葉 自然の中で学ぶことはたくさんあるんですけどね。時に危険を感じることもありますが、それでこそ自分で身を守る術や、自然の厳しさなどを理解できるともいえるのではないでしょうか。

渡邉 「危険から学ぶ」ということに関して、学校側の立場としては、正直なところ少し歯がゆくもあります。個人的には、大人が準備を整えた上で成功を味わってもらうのではなく、自分で失敗しながら工夫を考えてもらうことを大事にしたい気持ちも大きいんです。ただ、森林体験学習というカリキュラムの中でその要素を強めていくと、自ずと危険性も高まってしまいますから。

島﨑 とはいえ、安全を確保した中でも、子どもたちなりに感覚を働かせて、危険かどうかを判断しているのが見てとれますよ。はじめはおちゃらけていた子も、いざ体験に移ると真剣になるのが、はっきりと分かります。

千葉 安全は第一だけれど、自然の危険には豊かな学びがある。難しいジレンマではありますが、いずれにせよ感覚的な判断や、真剣な表情を引き出せることが、子どもたちに体験型の学習を提供する大きな意義だというのは間違いないと思います。

渡邉 確かにそうですね。森林体験学習をしている子どもたちを見ていると、「学校で見せたことがない表情をしている!」と、よく感じますよ。

かっこよく働く大人にふれる機会を

千葉 森林体験を通して、子どもたちの林業への意識は変わりますか?

渡邉 「かっこいい」という感想は良く聞こえてきます。林業機械が木を倒す迫力ある様子や、大人がチェンソーを自在に扱う様子などを見て、そう感じてくれているようです。

倉澤 やはり、働く大人のかっこいい姿を実際に見せるのは大事ですよね。たとえば農家の場合は、子どもに農作業を見せたり、手伝わせたりということが、自然と後継者育成につながっている面がありますから。

島﨑 その点、林業の仕事は普通の生活の中で見ることはないからこそ、意識的にそういう機会を設けないといけないんですよね。

千葉 体験中の写真を見ると、クラブの皆さんのユニフォーム姿もかっこいいと思ってもらう要因になっていそうですよね。ビシッと上着とヘルメットを被っていて。そういえば、オーストリアで林業の担い手を確保するために、ユニフォームを替えてイメージの刷新を図ったというエピソードがあるのですが、それをモデルにしたわけではないのですか?

島﨑 いやあ、それは知らなかったですね。深い考えはなく、「とにかく支度から入ろう」と(笑)。でも、お話を聞く限り、私たちの考え方は間違っていなかったのかもしれないです。

千葉 絶対に良いアピールになっていると思いますよ。中学2年生は、5年間の体験の締めくくりで発表をするとのことでしたが、子どもたちはその場でどのようなことを語っていますか?

渡邉 「将来林業をやりたい」という感想は必ずありますし、それまで「林業」と一言で捉えていた仕事の幅広さに気付いた、という声も聞きますね。そうして職業観が育まれていることが分かると、嬉しく思いますよ。

島﨑 私がいまだに覚えているのは、「島﨑さんのお昼ご飯は愛妻弁当でした」と発表している子がいたことです(笑)。

千葉 それは面白いですね。でも、そういうことが言えるくらい、子どもたちは大人の姿をしっかり見ているもので。大人としても、その気持ちに応えるのが嬉しかったりもしますよね。

島﨑 確かにそれはあると思います。森の子育成クラブのメンバーたちも、児童生徒からの質問に答えて、「なぜ林業という仕事をしているのか」「どういうことにやりがいを感じているのか」などと話している時、すごくいきいきして見えますから。

千葉 それは仕事内容だけではなくて、生き方も伝えているということですからね。子どもにとって有益なだけはなく、大人にとっても代えがたい喜びがあるからこそ、森林体験学習は大きな価値を持っているのだと理解できました。

後編に続く)