『せなけいこ詩画集 ちいさな世界』ができるまで
3月14日、絵本作家・せなけいこさん初の詩集『せなけいこ詩画集 ちいさな世界』が発売となりました!
せなさんといえば、『ねないこだれだ』(福音館書店)をはじめ、数々の絵本を生み出してきた、日本を代表する絵本作家のおひとり。
せなさんの絵本からはどれも、子どもたちへのあたたかなまなざしを感じますが、この本では「詩」という形で、せなさんご自身の純粋さやユーモアを感じることができます。
せなけいこさんの絵本に登場する絵とともに、子どものような視点で世の中を切り取った17篇の詩を収めました。
そんなせなさんの魅力あふれる『ちいさな世界』ができるまでを、フリーランス編集者・天田泉さんに写真とともにたっぷりと紹介してもらいます!
大好きな父からおしえられた、詩を書くよろこび
3月14日に刊行される『せなけいこ詩画集 ちいさな世界』は、一冊のノートから生まれました。
文庫サイズのノートには、鉛筆やペンで25篇の詩が綴られています。せなさんが好んできたマザー・グースを彷彿とさせる英文詩もありました。手づくりの赤い色紙のカバーがつけられ、出先まで持ち歩いては思い浮かんだ詩を書きつけた……若かりし日のせなさんの姿を想像します。
最初のページには、せなさんが子どもの頃にはじめてつくった土星の詩が書かれています。
今も暗唱できるほど、ご自身にとって特別な詩です。
せなさんが詩を書くようになったのは、大好きだったお父さんの影響です。せなさんの父親は、高校時代にロシア人の先生に声楽のレッスンを受けるほど音楽が好きでした。しかし、親の許しを得られず、音楽の道に進むことは叶いませんでした。高校を卒業すると、東大の数学科を出て保険会社に勤務。後に大学で統計学をおしえたそうです。
以前、新聞のインタビューで「最高の父親」と語るほど、大のお父さんっ子だったせなさん。音楽のほか山も好きだったお父さんは、せなさんが4歳の頃から高尾山に連れて行き、虫や花の名前をおしえてくれました。せなさんが小学校高学年になると、「けいこ、ここで一句詠んでみなさい」と、山歩きをしながら五七五の俳句をおしえたのもお父さんでした。
こうしてせなさんは、絵と作文や詩を創作するのが好きな少女に育ちました。そして、大人になっても変わらず、絵本や詩をつくり続けています。
はじめての詩画集を
詩のノートが、せなさんから担当編集者に託されたのは15年前のこと。当時は、30周年を迎えた「めがねうさぎ」シリーズの新作などの創作に忙しく、詩のノートの出番はもう少し先、となったのでした。
この詩画集のプロジェクトが動き出したのは、2019年頃。『ねないこだれだ』誕生50周年記念「せなけいこ展」が後押しとなりました。1967年の絵本作家デビュー以来、半世紀以上も子どの本や紙芝居をつくり続けてきたせなさん。2019年から2年にわたり全国9会場を巡回した展覧会には、たくさんの人が足を運びました。世代を超えて子どもたちに愛されるせなさんの作品の魅力を再確認するとともに、詩のノートを世に出すタイミングがきたのです。
おりがみでつくった構成案
せなさんの詩はみずみずしい感性で、季節感あふれる自然の風景や日常を綴っています。そこには、せなけいこの絵本世界に通ずる子どものまなざしを感じます。ノートには習作のような詩も含まれていたので読者に届けたい17篇を選び、絵はこれまでのせなさんの作品から掲載することになりました。
おりがみに詩を貼りつけ、間に色紙を挟み、ページをめくったときの印象を確かめながら最初の構成案をつくりました。おりがみを使ったのは、色がさまざまな感情や記憶に作用すると考えたから。せなさんの詩を読むと、自身の原風景や子どもの頃の記憶や感覚がよみがえる気がします。読む人にもそう感じてほしいと思いました。
詩と絵のいい関係
せなさんの絵本や紙芝居作品から絵を選ぶと、さらにもう1冊構成案を制作して、本のイメージをかためました。
だいたいのページ数が決まると、いよいよ本づくりがスタート。ブックデザインは『おおきなかぜのよる』『ねこまたごよみ』などを手がけた大島依提亜さんです。作家や作品の個性を引き出すのがうまくて、書店で気になる本を手に取ると大島さんの装丁ということもしばしば。大島さんなら、せなさんの作品の個性を大切に特別な詩画集をデザインしてくれるに違いありません。
当初の構成案は代表作の絵本の絵はあまり載せない方向で考えていました。でも、大島さんは、「せなさんの絵本のもつパワフルさをこの詩画集でも出したいから、『せなけいこベストチョイス』でいこう」と提案してくれました。たとえば「土星」の詩には、絵本『ねないこだれだ』のふくろうの絵と猫の目の絵を合わせる、という具合です。
絵は詩の説明ではなく、詩の世界を飛躍させるようなものを選び直しました。同じ作者が別々に制作した詩と絵が、時を経て一冊の本となったのが、この詩画集の魅力のひとつと言えます。
せなさんのお誕生日のお祝いに
全ページのレイアウトが決まったのは、12月のせなさんのお誕生日の数日前のことでした。
表紙は5案もありました。子どもの声が聞こえてくるような青い表紙(右下)に決定! 帯もつけます。タイトルの『ちいさな世界』は、本書に掲載した詩からとりました。せなけいこの絵本とはまた別のもうひとつの詩の世界、という意味合いも含んでいます。
12月3日のせなさんのお誕生日の日は、気持ちのいい青空が広がりました。編集チームでご自宅を訪ねると、トレードマークのベレー帽をかぶったせなさんが、笑顔で迎えてくれました。
ひと仕事終わると、みんなでめがねうさぎのバースデーケーキを囲んでお誕生日をお祝いしました。「私はしあわせね」と何度もくり返し、「長生きしてまた絵本を描かないとね」と笑顔でおっしゃっるせなさん。そこにいた誰もがうれしい気持ちになりました。
この日は、もう一つのミッションがありました。今回、使用する原画を見つけることです。ご自宅の地下にある書庫を探していると、昔お仕事をされた雑誌のカットに「かわいい!」「かわいい!」と何度も歓声を上げてしました。
原画を受け取る小旅行
2021年12月某日、海を望む横須賀美術館へ。学芸員の中村貴絵さんが原画を準備して待っていてくれました。間近で見る貼り絵の色のきれいさ、細やかさ、そしてかわいさにしばし見とれてしまいます。
詩画集に掲載した「おさげ」という詩の話題になったとき、中村さんが「その詩なら、似たものが雑誌に掲載されましたよ」とおしえてくれました。そして、見せてくださったのがこちらの絵(詩画集には掲載していません)。詩のタイトルは「うさぎのしっぽ」になっていて、詩の文も少し違っていましたが、ノートの詩が元になっていると考えて間違いなさそうです。
大切に原画を抱えて、横須賀美術館を後にしました。
本書の原画スキャンについては、こちらで詳しく紹介しています。
貼り絵の紙の質感を生かす
大島さんは、せなさんの貼り絵の感じを本のデザインに生かしたいと考えていました。詩と詩の間のページや詩のバックに、貼り絵に使われているような色紙を用いるアイデアです。そのためには原画の紙に近い風合いや色合いの紙を用意する必要がありました。そこで、せなさんの原画を確認するために東雲の保管倉庫を訪ねました。
倉庫には、展覧会から戻ってきた絵が大切に保管されていました。色合いのきれいさや貼り絵の質感や切り貼りしたことで生まれる立体感は、やはり原画ならでは。大島さんは貼り絵を前に、見本帖から色紙を探すとほとんど同じ紙質と色合いのものが見つかりました!
原画を見た大島さんから、紙象嵌というベースの紙に別の紙を熱圧着する技法を使い、せなさんの貼り絵を再現して特装版をつくってみてもいいね、というアイデアが飛び出しました。しかし、残念ながら予算オーバー。もし今後、特装版をつくる機会があればぜひ、実現してみたいものです。
帰り道、「せなさんは、のりも紙も普通のものを使って貼り絵をしていたんですね」と大島さん。せなさんが長年愛用しているのは、今も手軽に入手できるヤマトのりです。材料となる紙も、包装紙や封筒など日常にあるものがほとんど。何も特別なものを使わずに唯一無二の世界を生み出してきた、せなさんのすばらしさをみんなで再確認した2021年年末でした。
今にも話し出しそうな表紙の子どもたち
年が明けて2022年。原画や色紙などすべてのデータもそろい、予定通り無事入稿! 初稿はややぼんやりとして色も沈みがちでしたが、印刷所さんのがんばりで再校正はとてもきれいになりました。
表紙の5人の子どもの顔と、「ちいさな世界」の白文字にはスポットニスがのせてあります。つるつるの感触が気持ちよくて、何度も指で触れてしまいます。ぴかぴかの子どもたちは、今にも何か話出しそうですね。
解説文は、歌人の穂村弘さん
巻末の解説文は、歌人の穂村弘さんに寄稿いただきました。せなさんの詩の特徴を「語感とリズム」という切り口で捉えてくださっています。ちなみに、穂村さんはご著書『ぼくの宝物絵本』(河出文庫)で、せなさんの『ねないこだれだ』について書かれていて、この本もおすすめです。
帯に引用させていただいた穂村さんの言葉がすてきです。
「あなたの中の子どもへ」。この春、絵本作家せなけいこさんから届いた詩の贈りもの。詩画集『ちいさな世界』を手に取ったら、ぜひ声に出して読んでみてください。進級、進学の季節のプレゼントにもぴったりな一冊です。
(文・フリーランス編集者 天田泉)
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