主人公に3分ください!『おれは女の子だ』をご紹介・豊田すばるくんが自分の本を宣伝します。
5月に刊行しました児童文学『おれは女の子だ』(作・本田久作 絵・市居みか)。「エンパシー」という言葉が広く知られる今だからこそ、子どもたちのみならず、おとなにも、ぜひ読んでほしい作品なんです。
さて、ここでは「編集者」が作品のよさをPRするコーナーですが、著者の本田さん…もとい…主人公のすばるくんに、作品ができるまでをお話してもらうほうが、きっと楽しく作品のこと知ってもらえるんじゃないかと思いまして、今回は「主人公のちょっと3分ください!」でお届けいたします。(担当編集:井出)
はじめまして。
『おれは女の子だ』の主人公の豊田すばるです。
この本の編集者の井出さんが
「すばるくん、わたしのかわりに本の宣伝をして」
って、いうから出てきました。
『おれは女の子だ』あらすじ
絵が得意な豊田すばるのいちばん好きな色はピンク。それをクラスメートの鈴木に「女の子みたいだ」と言われて、カッとなったすばるは、思わず「おれは女の子だ」と宣言します。そこから、クラスのみんなや先生、家族をも巻きこんで、どんどんおかしな方向に転がっていき…。相手の気持ちを想像することに気がついていく男の子のドタバタ成長物語。
https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/4035085.html
ポプラ社 井出香代
児童書編集歴およそ20年。笑顔で原稿に直しを入れるという、仏と鬼の顔を持つ。子どものころ、ジャージにショートヘアだったので、クラスの男子に「おとこおんな」と言われた経験アリ。今作に登場する、いつもパンツスタイルの日野さんには、とくに思い入れがある。
だけど、よく考えたら、おれ、本の宣伝なんてできないよ。
何でできないのかっていうと、それはおれが何もわかってないからです。
何もわからないのに、何かできるはずがない。だろ? じゃなくて、でしょ?
だいたいさ、『おれは女の子だ』っていう本自体が、おれが「わからない」「わからない」っていう本なんだ。
いや、ほんとに。
うそだと思ったら、本の100ページ目を見て。
そこでおれはちゃんと「おれにはわからないことばっかりだ」って言ってる。
それくらい、おれはいろんなことがわからない。
たとえば、おれは男の子で、色の中ではピンクが一番好きなんだけど、同じクラスの鈴木はおれのそういうとこを「ヘンだ」っていう。
▲ヘンなおどりをおどりながら、おれに「ヘンだ」という鈴木。
「ヘンだ」っていうのは、「何でおまえは男の子のくせに、ピンク色が好きなんだよ」っていう意味だ。
だけど、おれはもうそれが全然わからない。
なんで「男の子のくせに」なんて言われなくちゃいけないのかわからないし、なんで男の子だったらピンクが好きだといけないのかが、わからない。
あと、おれは同じクラスで一番仲がいい女の子に、「きれいじゃない」って言って、その子を泣かしちゃって、みんなからすごく怒られたんだけど、何でその子が泣いて、なんでみんなが怒ってるのかわからなかった。
▲おれがなかせてしまった友だちの川崎。
それくらい、『おれは女の子だ』っていう本は、おれの「わからない」「わからない」がつまった本だったんだよ。最初はね。
うん、そうなんだ。
『おれは女の子だ』には「最初の」があって、今、みんなに読んでもらえるやつとは、中身がちょっと違うんだ。
何で違うのかというと、「最初の」と「今の」の間に、編集の井出さんが登場するからだ。
今回初めて知ったんだけど、本っていうのは、編集の人に原稿をわたして「じゃ、これ、本にして出版してください。よろしく」って、それで本になったりしないんだね。
その前に編集者がその原稿を読んで、
「この文章、変です」
とか、
「この漢字、間違ってます」
とか、
「ギャグがすべってます」
とか、
いろいろ言って、書き直させて、原稿が「うん、これならいいでしょう」というレベルになって、初めて本になる。
『おれは女の子だ』の最初の原稿、これを第一稿というらしいんだけど、その第一稿を読んだとき、編集の井出さんが言ったのは、「すばるくんの『わからない』が多すぎます」だった。
そう言われて、原稿を「書く」のが担当の、作者の本田さんは悩んじゃった。「すばるくんの『わからない』がつまった原稿に向かって、すばるくんの『わからない』が多すぎるって言われても……」って。
だけど、おれはそうは思わなかった。
何でかっていうと、「わからない」が多すぎる、と井出さんに言われて、おれはようやく、そのときちょっとだけ何かがわかったからだ。
わからないことを「わからない」と言うのはいい。
だけど、わからないことを「わからない」と言って、それでおしまいにしちゃうのはダメなんだ。
だって、それは「わからない」じゃなくて、「わかる気がない」とか、「わかりたいと思ってない」ってことだからだ。
おれが仲のいい女の子を泣かせて、女の子が何で泣いたか分からないのはいい。というか、わからないのは仕方ない。
それで「あいつが何で泣いたのか、おれには分からないよ」と言うのもいい。だけど、「わからないよ」と言って、それで終わりにしたら、それは「おれはあいつが泣いた理由なんて興味がないし、知りたくもない」になってしまう。
それはダメだ。
友だちを泣かしといて、理由はわからない、泣いた理由なんかに興味がない、なんて、そんなの絶対ダメだ。
だから、編集の井出さんは「すばるくんの『わからない』が多すぎます」と言ったんだ。
おれがそう言うと、作者の本田さんが
「じゃあ、どういうふうに書き直せばいいか、すばるくんが考えてよ」
って言う。
「えー、なんで、おれがそんなことしなくちゃいけないんだよ。そんなの本田さんの仕事だろ」
「あのね。書くのは作者の仕事だけど、考えるのは登場人物の、それも特に主人公の仕事なの」
「えー、そうなの。だけど、考えるのって面倒くさいし、それにおれ、バカだから、考えるの向いてないよ」
とおれが文句を言ってたら、井出さんから電話がかかってきて、
「あと、すばるくんはバカって言いすぎです」って。
編集の人ってすごいね。
おかげでおれは、バカだからという言い訳もできなくなってしまった。
編集の人は少しでもより良いものを求めるのが仕事なんだ。で、作者は書くのが仕事で、主人公のおれは考えるのが仕事……だったら、仕方ない。
だから、おれは考えたよ。主人公なんだから考えた。
もうメチャクチャ考えた。
そしたら少しだけわかった。
どれくらいわかったのかというと、推理小説で言うと、犯人はわからないままだけど、事件は解決したというくらいにはわかった。
そのくらいまでしかわからなかったのは、それはやっぱりおれがバカだからというのが一番だけど、あと、全部わからないのなら、そういうわかり方のほうがいいと思ったからだ。
犯人がわかって、事件が解決しないよりも、犯人はわからなくても、事件が解決したほうがいい。
友だちを泣かした理由はわかっても、仲直りができないんだったら、おれは泣かした理由はわからなくても、その友だちと仲直りできるほうがいい。
おれがそのことを発見したのは、井出さんが「わからないが多すぎる」と言ってくれたからだ。そしておれがこの発見を本田さんに伝えたから、原稿が「今の」形に書き直された。
ところが本作りはなかなかしぶとくて、それだけやっても、まだ本は完成しない。最後に市居みかさんが、めちゃくちゃカッコいいイラストをかいてくれて、それで今の『おれは女の子だ』がようやくできた。
ちなみにだけど、本田さんの趣味は絵本を読むことで、以前ポプラ社さんから出してもらった『江戸っ子しげぞう』というシリーズの本の作者プロフィールには、好きな絵本作家の名前を出している。で、今から4年前に出した第2巻で、本田さんが大好きな絵本作家として名前をあげているのが市居みかさんだ。
その市居さんが『おれは女の子だ』では、本田さんの原稿にイラストをかいてくれたわけだ。
「あこがれていたミュージシャンの演奏で歌を歌ってる気分です」
と、本田さんはすげえ感激しているよ。
作者 本田久作
落語作家、作家、ライターとして、幅広い分野で活躍する。創作落語での受賞歴多数。小気味よい文章と、ユーモアと人情味あふれるストーリーが魅力。第5回ポプラズッコケ文学新人賞に「江戸っ子しげぞう」を応募し、ポプラ社 こどもの本編集部に「江戸っ子」旋風を巻き起こし、児童書デビュー。シリーズ3作を刊行。「江戸っ子しげぞう」ラインスタンプも発売。
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