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身近なちょっとした出来事に、気づいて感動してほしい~「ねずみくん」と歩んでついに40巻。作者・なかえよしをさんインタビュー~
この9月、「ねずみくんの絵本」シリーズ40巻目となる最新作『ねみちゃんのチョッキ』が刊行されました。
タイトルを見て、一瞬、「あれ、どこかで聞いたことがあるな?」と思われた方……そうです。この作品は、シリーズ1作目『ねずみくんのチョッキ』の対になる作品として生まれました。
『ねずみくんのチョッキ』では、ねずみくんのお母さんがチョッキを編んでくれたのですが、今度は「ねみちゃん」が編んでくれたチョッキのお話なんです。
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ついにシリーズが40巻揃い、いよいよ来年2024年には50周年を迎える「ねずみくんの絵本」。これほど長く続いていて、さらにほぼ1年に1冊生み出され続けている…という、驚くべきシリーズです。
長年、このシリーズを手掛けてこられたのは、作者で絵本作家のなかえよしをさん。
今回は新作刊行を記念して、なかえさんに今回の新刊のこと、これまでの40巻のこと、そして長年二人三脚で取り組んでこられた画家であり妻の上野紀子さんについて、お話を伺いました。
なかえよしを
神戸に生まれる。日本大学芸術学部美術科卒業。
『ねずみくんのチョッキ』をはじめとする、「ねずみくんの絵本」シリーズの作家。なかえ氏がラフを書きながら展開を決め、絵は妻の上野紀子氏が描くという二人三脚で絵本づくりを進める。『いたずらララちゃん(絵:上野紀子)』で第10回絵本にっぽん賞受賞。
作品に『こころのえほん(絵・上野紀子)』『扉の国のチコ(絵・上野紀子)』(以上ポプラ社)、『ことりとねこのものがたり(絵・上野紀子)』(金の星社)ほかがある。
2005年、上野紀子氏とコンビでのこれまでの業績に対し、第28回巖谷小波文芸賞を受賞。2020年、日本児童文芸家協会選定の児童文化功労賞受賞。
妻の上野氏が2019年に逝去した後も、妻ののこした絵を元に「ねずみの絵本」シリーズの新作を生み出し続けている。
聞き手:編集担当 上野萌
今だからこそ作れた『ねみちゃんのチョッキ』
――『ねみちゃんのチョッキ』見本ができあがりました。この度も本当に、ありがとうございます!
(なかえ)きれいにできて、嬉しいです。『ねずみくんのチョッキ』と並ぶと、対になっていいですね。
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カバーは黒と赤の2色だけという、極めてシンプルな絵本になりました。
(なかえ)40巻で、しかも来年はシリーズ50周年ですので。これはちょっと新しい感じものができないかと思って、頑張ってみたんですよ。
はじめに『ねみちゃんのチョッキ』という、このタイトルが思いつきました。タイトルにねずみくんが出てこないのは初めてなので、いいのかしらと思いながらも、お話がなんとか思いつきました。
ところが、どうしても今までにない絵が必要なお話になっちゃいました。新しくその絵が作れるのか?(※) ラフを描く前に、まず、パソコンで絵が作れるのかどうか、やってみました。
※2020年刊行の36巻『ねずみくんはめいたんてい』以降の作品は、上野さん(2019年逝去)が過去に描いた絵を、なかえさんがパソコン上で組み合わせたり、描き足したりすることで、仕上げている。
(なかえ)今までのねずみくんの絵本を見ると、動物の後ろ姿があまりないのに気がつきました。でも今度のお話では、動物の後ろ姿がほしいのです。ですからパソコンでどこまで合成して後ろ姿が作れるか? が懸念だったのです。前向きの動物を後ろに向かせる。大変ですが面白かったです。
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(なかえ)この本の絵は『ねずみくんのチョッキ』の絵をなるべく使いました。右向きを左向きに変えたりして。なんとか、うまくいきそうなのでラフを描いて、(編集に)お見せしたわけです。
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――このように、パソコン上で絵を組み合わせたり加工して作り上げた作品は、シリーズとしては本作で5冊目になりました。
(なかえ)上野が亡くなって5冊目、よく作れたもんだと思います。絵描きがいないのに作る。
ねずみくんの場合は、ぼくがお話を考える方だったのでできたのかなと思います。絵についても、ぼくは絵は上手くないけど、ラフスケッチは描いていたので。
それに上野がいっぱい絵を描いてくれていたので、そこにぼくはパソコンをいじるのも好きだったということで……偶然うまく、出来たのだと思います。
――もし上野先生がこのラフをご覧になって、挿絵を描いたとしたら、同じような絵になったと思いますか?
(なかえ)いや、ぜんぜん違うでしょうね。お話もそもそも違うと思います。上野がいたらこんなお話は出てこないですよ。だって、他の動物も出せるわけですから。
ぼくの頭のなかではもう、使える絵の範囲が分かっていて、それをもとにお話も考えるようになっていましたから。新しい動物は出せない、その制限の中で、この『ねみちゃんのチョッキ』は1巻目の『ねずみくんのチョッキ』の絵だけをなるべく使うようにして、40巻記念としてもちょうどいいお話ができたなと思って、我ながら感心しています。
チョッキの絵をたくさん使ってるので、比べて見ていただくと面白いんじゃないかと思いますね。お話としても、『ねずみくんのチョッキ』にも、負けてないかな? と思います。
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ふたりが出会った偶然は奇跡
――今回のお話は、ねずみくんの期待に応えようとがんばるねみちゃんの姿も、とっても印象的ですね。ねずみくん、ねみちゃんの関係性には、なかえ先生と上野先生に重なる部分もあるのかなと、感じるのですが……。
(なかえ)そんなことはないと思いますが、(自分たちの関係が)参考にはなってるかな? こんなことがあったなあ、というような感じでね。
『ねずみくん だーれだ?』で書いた「あうん」なんてそうですね。上野は何か言うと、わたしも同じこと思ってたと言って「阿吽だね」なんてよく言っていましたから。上野は編み物や縫い物も得意でしたから、そこらへんもねみちゃんみたいだったかもしれません。
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――本作でついにシリーズ40巻。振り返ってみるとどんな年月でしたか?
(なかえ)最初はねずみくんがシリーズになるなんて思わないで作っていましたが、ポプラ社さんから「シリーズになるかな?」と言っていただき、シリーズに。それでねみちゃんが登場したりして、ねずみくんの世界が少しずつ出来てきた感じですね。最初の2,3冊目くらいまでは、ねずみくんもチョッキを着てなかったくらいですから。
来年でシリーズ50周年なので、毎年1冊作ってれば、ほんとうは50冊になっていたかも。それが40巻ということは、途中ブランクがあったんですね。上野の調子が悪かったり編集者が変わったりして、シリーズが途切れてしまって。
でも、ポプラ社さんの編集担当者が新しく変わったこともきっかけになって、また復活したんです。ちょうどその頃には、上野の調子も戻ってきていたから…ここまで続けられてよかったです。
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PDFは以下からご自由にダウンロードいただけます。ぜひじっくりご覧ください。
続ける心構えは「頑張ればできる!」
(なかえ)ねずみくんはお話を広げないようにしています。
ねずみくんにはあまり冒険をさせないように。旅に出たり、遠くに行ったりしないで、近所で遊んでいて起こる程度のお話です。平和で平凡なシンプルなお話。身近でも楽しいことは色々起こっている、そんなちょっとした出来事に気づいて感動してほしいという願いです。だからこそ、たとえば「チョッキ」だけでも、こんなにいろいろお話ができたんだろうなと思います。
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(なかえ)ねずみくんのシリーズでアイデアが出なくて苦労したのは、2作目の『りんごがたべたい ねずみくん』ですね。2冊目というのは大変なのです。
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(なかえ)2冊目は大変というのは、2冊目がよくないと、もう依頼が来ないだろうという怖さ。
胃が痛くなるくらいでした。でも、お話を思いついた時「頑張れば、こんなぼくでもなんとかなるんだ」って自信がついたもんです。
その後は、たとえば編集から「クリスマス」の話はどうかって言われたら、なんとか頑張って作ってきたのでした。
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(なかえ)ぼくが最初に「絵本」なるものを作ったのは、25歳。会社で何か物足りない気持ちになり、自分で何かやらなければと思いたち、なぜか絵本を作ったのでした。
勉強が苦手なぼくが、お話を作るなんて。その時は、自分を試すつもりだったのでしょう。
ひとつ自分を形にする。それがなぜか、絵本だったのですね。あまり絵本なんて読んだこともないのに、とにかく頑張って作り上げたのが『ペラペラの世界』という絵本で、自主制作したものでした。
この本が作れて、ダメなぼくでもやればできるじゃんと思ったのでした。
その時に偶然、絵を描く人・上野紀子がそばにいて、ぼくのお話になんの疑問も待たずに絵を描いてくれたのでした。これが二人の絵本の始まりでしたね。
58年も前の話です。その時できた『ペラペラの世界』がなかったら、ねずみくんもなかったということですね。
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――上野さんのほうは、もう描けないということはなかったんでしょうか。
(なかえ)上野はもう、「わたしは絵さえ描ければ幸せ」という人でしたから。絵に関しては「描けない」と言ったことはなかったですね。いろんなスタイルの絵をこっちが注文しても、「あいよ」ってなもんで、平気で描いちゃう。そんな人でした。
ですから絵が描けないけどなんとかお話を思いつくぼくと、お話は考えられないけど絵を描くことしか能がない上野とが、出会った偶然は奇跡ですね。
来年の50周年に向けて
(なかえ)昔、アガサ・クリスティの小説が原作の映画を観て、腰をぬかさんばかりに驚きました。最後のどんでん返し。作品って、これでなくちゃと思ったもんです。ですから、ねずみくんのお話は最後を大切にしています。ぼくが一番好きな作品はO・ヘンリーの『賢者の贈りもの』です。あまりここでは言えませんが、この最後のドンデン返し、二人の贈り物がとんでもないことに…でもハッピーエンド。理想のお話の展開です。いつかこんな作品を作りたいと思っていました。『ねずみくんのおくりもの』なんていうのができたらいいなぁと思っています。
あとは、これはまだぼくの頭の中だけですけど、「何も起こらない本」を作りたいなと思っています。1冊丸ごと、何も起こらない、お話がない絵本。
今の世の中って、毎日いろんなことが起こりすぎですよね。コロナに始まり、戦争、台風や、体調をくずしたり……。「普通」の世界がなくなってしまっていて。
今は、何も起こらない日がどんなにか幸せかって、思うんです。そんなことを絵本にできたらいいなとは思っているのですが、出版社からしたら、そんな何も起こらない話なんて、困っちゃいますよね。きっと…。だからどうなるか、わかりません。
「ねずみくんの絵本」シリーズとしては、とりあえず43冊。今思いつく限りだと、このくらいが限界かな!!! 「ペラペラの世界」から始まって、「ねずみくんの絵本」シリーズに辿り着いた、この偶然の奇跡。
こんなことを「セレンディピティ」っていうんですよね。きっと……。
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アイデアマンでオーダーを出すなかえさんと、それに全力で応える上野さん…そんなおふたりの姿が、『ねみちゃんのチョッキ』で描かれたねずみくんとねみちゃんにも、重なって見えた取材でした。
なかえさん、ありがとうございました。
『ねずみくんのチョッキ』を昔読んでいたなあという方、でもほかのシリーズ作は読んでいないなあという方も。新刊『ねみちゃんのチョッキ』を書店さんで見つけたら、ぜひめくってみてくださいね。
★ご紹介した本はこちら