戦場の持ち物『シリアの戦争で、友だちが死んだ』 無料公開⑤ 戦場ジャーナリスト・桜木武史× 『ペリリュー 楽園のゲルニカ』・武田一義
好評発売中の戦場ノンフィクション『シリアの戦争で、友だちが死んだ』を、第一章から第六章まで公開いたします。毎週土曜日20時に、一章ずつの公開予定です。
今回公開する第五章では、戦場での取材の準備について、わかりやすく解説。すでに公開済みの第一章~第四章と併せて読むと、より面白いです!
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■第五章 戦場の持ち物
手づくりプレスカード
ここで少し、取材の準備の話をしようと思う。
観光ではなく、取材で戦場へ行くとなると、何か特別なものでも持っていくのかと思われがちだけど、ぼく自身に限って言えば、旅行するときとさほど変わらない格好で現地に向かう。
必要なものは文章を書くためのパソコン、写真を撮るためのカメラ、メモをとるためのノート、あとは着替えと薬である。薬はかぜ薬や目薬などめずらしいものではないが、現地ではなかなか手に入らないので、使いなれている日本製のものを必ずリュックに入れていく。
あと、大事なのはスマートフォンだ。電力不足で充電できないこともたびたびあるので、スマホにたよりすぎるのは危険だが、撮影したり、メモをとったり、インターネットにつないだりと何でもできる。
これらの持ち物はごくふつうの旅行者と比べても、特別に変わったところはない。でも、旅行のときには絶対に持っていかないだろうというものがひとつだけある。旅には役立たないが、取材には必要不可欠なもの、それがプレスカードである。
聞いたことのない読者も多いとは思うが、プレスカードとは、自分が所属する新聞社やテレビ局の名前が書かれている、ジャーナリストであることを示す証明書だ。単なる紙切れみたいなものだけど、いろいろな使い道がある。
取材をしている最中は、カメラを持ってうろうろしたり、様々な人にインタビューをしたりする。そんなとき、「誰だ? こいつは」などとあやしまれてしまい、うまく取材ができないことがある。
けれど、プレスカードを見せて、自分がジャーナリストであると示せれば、あやしまれることは減る。ましてや、取材に向かう場所は、ふだんは外国人など見かけない人里離れた田舎の町や村も多い。突然、日本人がひょっこりと顔を出せば、そこで暮らす人々が警戒するのも無理はない。
プレスカードには〝journalist〟と大きな文字で書かれている。
英語が通じない地域でも、戦場であれば、ジャーナリストの言葉の意味を理解している人々は多い。この日本人は取材をするためにここに来たんだ、ということを現地の人々に時間をかけて説明するより、まずはプレスカードを見せて、ぼくが何をするためにここに来たのかを相手に分かってもらう。それがスムーズに取材に協力してもらうための有効な手段となる。
ただ、ぼくはフリーのジャーナリストだ。どこかの新聞社やテレビ局で働いているわけではないので、そういう大きな会社が発行する正式なプレスカードは持っていない。だったら、ぼくひとりだけが所属する組織を作ればいいじゃないか。それが「ジャパン・プレス・アソシエーション(日本報道協会)」だった。
ぼくが作ったものではあるけれど、ジャーナリストだと示す手助けになればそれで十分だった。協会のロゴはぼくが勝手にデザインして、パスポート情報(番号や有効期限)を追加して、生年月日などをデータとして書きこみ、仕上げとしてプリンターで印刷する。完全にぼくの手作りだが、悪用目的などではない。
それでも、このプレスカードがあるだけで、ずいぶんと取材がスムーズに進むことがある。ぼくにとって、パスポートよりもプレスカードの方が取材をする上では重要だった。
やっかいなプレスカード
ややこしいことではあるけれど、人に信用してもらうために作ったこのプレスカードを、場合によってはかくすこともある。特に権力の側にいる人間に対しては、プレスカードを見せることはひかえていた。権力の側にいる人間とは、簡単に言えば、その国を治める政府や軍のことである。
シリアも、アサド大統領を中心とする独裁政権が支配する国だ。日本ではあまり実感できないかもしれないが、シリアの戦争ではインドのカシミールのような限定された地域だけでなく、もっともっと大きな規模で、国家を治める政府が市民に対して暴力をふるっていた。
ぼくはそんな政府の暴力や独裁政治に反対する人を取材することがほとんどだった。それは政府にとっては都合が悪い。なぜなら、市民の不満を暴力で抑えこんでいる事実を、世界に対してかくしたいからである。
だから、政府の関係者や、かれらを支持しそうな市民の前では、プレスカードをかくして、「観光客です」といつもすっとぼけていた。そうでもしないと、ぼく自身が危険な目にあってしまうかもしれないのだ。
第六章に続く・・・
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©Takeshi Sakuragi, Kazuyoshi Takeda 2021