児童文庫は初めて同士の作家×編集者が、本を作ったら!? 『マリ×トラ事件ファイル』ができました!
突然ですが、このたび、こんな本ができました!
本日、9月14日に発売される『マリ×トラ事件ファイル ①届いた依頼はラブレター!?』(以下、マリトラ)です!
マリトラは、第1回ポプラキミノベル小説大賞のピュアラブ部門の<大賞>受賞作品。
ちなみに、ポプラキミノベル小説大賞とは、小説投稿サイト エブリスタさんとポプラキミノベル編集部が一緒に行っている、児童文庫の小説コンテストです。
第1回ポプラキミノベル小説大賞が開催されたのは、2021年の5月~8月。応募総数663作品の中から、みごと「ピュアラブ部門」で大賞を受賞したのが、花井有人さんの『溜息でできた煙の火種』(のちに『マリ×トラ事件ファイル』に改題)でした。
『マリ×トラ事件ファイル』あらすじ
主人公は、中学2年生の鳥海真理(とりうみ まり)。探偵のアニメが大好きで、ひとりで探偵部を立ち上げて活動している、ちょっと変わり者の女の子。そんな真理のもとに、学年イチの頭脳をもつ男子・月山虎(つきやま とら)から「転落死の原因を探してほしい」というナゾの捜査依頼が。聞けば「転落死」=「恋に落ちた」、しかも相手は真理で……!? 恋に落ちた原因を探す、前代未聞のナゾトキスタート!
選考が行われたのは、2021年の秋。当時、編集担当の磯部はまだ、ポプラ社に入社していませんでした。でも2022年1月から、キミノベルチームに入ることは決まっていたので、家で候補作品を読んでいました。
そのなかでも、ダントツでおもしろいと思っていたのが、花井さんの作品!探偵もの=ミステリーかと思いきや、ナゾトキだけじゃなく恋に友情に濃密! 最後まで本気で考えてもナゾが解けず、「どーなるの!?」と一気読みしてしまいました。だって、自分(真理)を好きになった理由を探すって……気になりすぎるでしょう!
そして、恋愛ものといえば、主人公のキャラクターが型にはまりがちですが、真理は「探偵アニメオタク」。自分らしさをつらぬいています。でも、女の子としては全然自信がない。
そんな真理に対して、どストレートに恋心を伝えてくる虎。もう、読んでいて「きゃ~~~!」と熱くなってしまい、真理みたいにベッドでバタバタしました(笑)。ふたりのやりとりも、声を出して笑っちゃうおもしろさ!
だから、入社して花井さんの作品を担当させていただけることになって、本当にうれしかったです。児童文庫の編集は初めてで、頼りないところもあったと思いますが……。
そして、作者の花井さんも、児童文庫の執筆はマリトラが初めてとのことで。
この記事では、児童文庫は初めて同士のふたりが、どんなふうにマリトラを作っていったのか、振り返りたいと思います。
改稿は、児童文庫の文体研究から
(2022年9月8日 オンラインミーティングにて)
磯部 マリトラ、ついにできましたね~!
花井 できました~!
磯部 こうしてお顔をみてお話しするのは、今年の1月、最初の打ち合わせぶりですかね?
花井 そうですね、メールは毎日のようにしていますけどね。電話するときは3時間くらいしていますし(笑)。
磯部 いつもありがとうございます。昨晩、受賞時の『溜息でできた煙の火種』をもう一度読み返しました。そうしたら、『マリ×トラ事件ファイル』と結構印象が違っていて、びっくり! あまり大幅に改稿していただいた記憶はないのに……
花井 まず夏の話じゃなくて、冬の話ですもんね。
磯部 そうなんですよ。出だしが、セミのわしゃわしゃじゃないんですよ。
花井 確か、執筆した時が冬だったから、冬にしたんでしょうね。
磯部 シリーズとして長く続けていただきたくて、「夏始まりはどうですか?」とご相談させていただきました。中学2年生の冬始まりだと、すぐ受験生になって、話が進みづらくなってしまうから。
花井 あと、キャラクターの苗字もでしたね。最初は「田中」「佐藤」「鈴木」「高橋」でしたから。「四大苗字を使ったトリックに今後使えるかも?」と思ってそうしていたんです。でも、主要キャラクターの苗字としては薄味かなということで、変えたんですよね。
磯部 薄味なのにキャラの濃さがすごかったですよね。名前を変えたことによって、キャラに名前が追いついた感じがします(笑)。
キミノベルのホームページ「キミノマチ」には、キミノベルの読者が自由に書きこみできる、掲示板があります。そこでは、綺麗な名前に憧れて、名前を創作している子が何人もいて。だから、ちょっと綺麗な感じの名前はどうかとご相談させていただきました。
花井 今は、名前変えてよかったなぁという気持ちですね。
磯部 季節や名前以外のところ、話の筋でいくつかご相談させていただいた部分はありましたが。それにしてもです! もう一回読み直してみて、そんなたくさん花井さんに修正をお願いしただろうかと思って。
もしかして、受賞されたあとに、花井さんが一層児童文庫を研究して、文体を近づけてくださったのが、大きかったんじゃないかなと。
花井 はい、本当に受賞してすぐ、あわててキミノベルを1冊買って読み込みました(笑)。実はそれまで児童文庫、まともに読んだことがなかったんですよ。
磯部 えっ!
児童文庫はあまり読んだことがなかった
花井 ずっと読んでたのが、父が持ってた刑事ものミステリーで。東野圭吾さんとか、伊坂幸太郎さんとか。だから、自分のなかに子ども向けの作品を生み出せる自信は、全くなかったんですよね。
磯部 そうだったんですか!?
花井 受賞後、磯部さんが何冊かキミノベルの本を送ってくれましたよね。そのなかでも、あさばみゆき先生の『歴史ゴーストバスターズ』が特に勉強になりまして。テンポのよさが、子どもにとってすごく読みやすいだろうなと思って。
できるだけ吸収しようとはしたんですけど、でもなんだろう? あれをそのまま自分の物語に落とし込むと、ずれが出てきたんですよね。
まだちょっと模索中ではあるんですけど、そんな中でも何度も磯部さんとやり取りしていくなかで、だんだん形になってきたかなっていう。なんだか雪だるまを作っているような気持ちでしたね。うん。
磯部 ふふ、雪だるま! でも、ただ意識されただけだと、なかなか自分の文体から離れるのは難しいような気がします。具体的に、なにかされていたことはありますか?
花井 磯部さんに原稿をお渡しするまえに、自分で何パターンか書いてみたんですよ。そのなかで、だんだんこれをやりすぎるとパクリだなとか、これを入れないと自分の堅さが抜けないなという力加減は徐々に学んできた感じですかね。
磯部 やっぱり、かなり研究&試行錯誤してくださっていたのですね。
最初は子ども向けに書いていなかった
磯部 先ほど、それまで児童文庫はほとんど読んだことがなかったと伺いました。では、この賞に応募されたきっかけとは……?
花井 実はですね、『溜息でできた煙の火種』は完全に趣味で書いたんですよ。最初は。
磯部 どこかに応募するとかではなく?
花井 発表する予定はなかったんです。当時、すごく落ち込んでた時期で、もう執筆をやめようかなくらいに思ってた時だったんですよ。
それでもやっぱり、自分の中にパッと思いうかんだものは書きたくなっちゃったので、「これとりあえず書いちゃおう」って気分転換に書いてたんです。でも、それを公表するまでの自信というか、そういうのはなかったんですよ。
磯部 じゃあ、その作品を「応募してみよう」と思いなおしたきっかけは、なにかあったのでしょうか?
子どものためになにかできる……かも
花井 最近、コロナが流行ったせいで、社会的に暗いムードがすごく広がったじゃないですか。それで、その時に子どもたちが影響を受けた残念なニュースばかり、見てたんですよ。体育祭がつぶれたりだとか、学級閉鎖が続いてうまいこと仲良くなれないだとか。
磯部 はい。
花井 今まで自分は、子どもたちに対して何かできることってなかったんですよね。でも、「ひょっとして児童文庫なら、子どものために少しは力になれるんじゃないか?」みたいな気持ちがあって。
そのタイミングで、たまたまキミノベル小説大賞を見つけて。書いてた小説を投稿してみようかなって思ったのがきっかけです。暗い状況に対して、何か面白いことができませんかねという気持ちで飛び込んじゃった感じですね。
磯部 エブリスタに投稿する時には、子ども向けに書き変えられたのでしょうか?
花井 いや、そのままです! 当時、子ども向けにしようという気持ちは全くなかったですね。子どもだろうが何だろうが、自分の本気で書こうという感じだったので。
子どもだからって考えると、変に遠慮しちゃうところがあるなって自分で思ってたんですよ。そのときは。
だから、あんまり「子ども向けに」っていうのは考えなかったです。児童文庫だからもうちょっとマイルドにしようとか、簡単な表現にしようとか、そういうのは全く考えてなかったですね。
磯部 なるほど。でもそれがかえってよかったのかもしれないです。表現は、あとでいくらでも調整できますからね。
花井 ただ、キャラクターに共感できないとおもしろくないなとは感じていて。そこはちょっと気にしていました。
磯部 どのキャラクターも個性的ながら、共感できる要素が盛り込まれていますよね。思わず、応援したくなります。
絵によってもキャラクターは磨かれていく
磯部 探偵アニメオタクの真理に、ポーカーフェイスでどストレートな愛情表現をしてくる虎。マリトラのキャラクターって、一度読むとやみつきになります。
だから今回、キャラクターをもっともっとアピールしていきたくて、「人物紹介ページ」に誕生日や血液型、身長などを入れることにしました。具体的な情報をいれて、本当にクラスにいそうな感じを出せたらなぁと。
磯部 このページを作るために、花井さんに真理たちの誕生日や血液型をご相談しました。そうしたら「じゃあキャラクターのプロフィールを作って送りますね」と言ってくださって。パッと考えて、送ってくださったんですよね。
花井 ああ、そうでしたね。
磯部 しかもプラスアルファの裏設定まで! 細部まで、ユーモアあふれる内容で、いただいたときは笑ってしまいました。
大翔(はると)の好きな飲みものが「ただの水」だったり、尊(みこと)のハマっていることが「意味がわかると怖い話」だったり(笑)。「うわ~、こんな子いそう!」ってなる。
花井 私自身もいろいろな作品のキャラクターのプロフィールを見るのは大好きなので、楽しく考えさせてもらいました。
例えば、めちゃめちゃ怖いキャラクターなのに、好きなものがパフェとか書いてあるのって、萌えるじゃないですか。ああいうのが好きなので、ギャップを詰め込んだりもしましたね。
磯部 なるほど。確かに、尊の好きなものは激辛担々麺でしたね。それこそケーキとかパフェが好きそうな見た目なのに。でも、ちょっとわかる。「何が辛いの~?」とか言いながら、涼しい顔して食べてそう(笑)。
花井 葛西先生のイラストをいただいて、イメージがより固まったところも大きかったです。真理や虎はキャラクターがはっきりしていたのですが、尊や大翔はまだ固まりきってなくて。絵を見て、それに口調などを寄せていったところもありました。
磯部 最初、イラストやラフを見た時はどうでしたか?
花井 心臓がぐわーっと熱くなりました! ほんとに葛西先生のイラストは、万病に効くんじゃないでしょうかね!?
磯部 最初に姿形が与えられた瞬間って、体温、上がりますよね! こんな顔してたんだ! やっと会えた! みたいな。真理も虎も、イメージにぴったりだったけれど、想像よりさらに魅力的で、ますます好きになりました。
子どもたちからも、すでに「葛西先生の挿絵、楽しみ!」という声をたくさんいただいています。
ちゃんと生きてる人に届くんだ、この本
磯部 発売前の原稿を子どもたちに読んでもらう、読者モニター企画も行いました。感想を集めて、マリトラの販促に生かそう! と。
花井 いただいた感想には本当に、感動しましたね。感想をもらうにしても、最近はメールとかの電子の文字じゃないですか。もちろん、電子の文字でもうれしいですよ!(笑)。でも手書きの感想は、ダイレクトにあたたかみが伝わってきて。
「ちゃんと生きてる人に届くんだ、この本……!」みたいな感じでした。
磯部 ですね。最初は宣伝に使えたらいいなと思って始めたのですが、思った以上に自分たちの励みになって。「こんなに一生懸命、読んでくれるんだ」と。
花井 ゲラのところに赤字で書いてくれてましたもんね。いろいろと。「ここ笑った!」とかも。見ているだけで、ウルッとしましたね。
磯部 編集者顔負けの指摘もありました(笑)。そして、集まったPOPがまた、力作だらけで! 全部書店に飾りたかった……
マリ×トラコンビのように
磯部 読者モニターの子たちからは真理と虎のやりとりが笑える、というコメントも多かったです。こんなにぽんぽんおもしろいことがうかぶのって、うらやましい……。こういうアイデアって、どこからきているのでしょうか。
花井 うーん、どうでしょう。日頃いろいろなアニメとかゲームとか見て遊んだりしたりして、そこから吸収はしているのかもしれませんね。
磯部 なるほど……。花井さんとは、観ている作品がかぶっていることもあり、話がしやすかったです。「ここで、あのアニメのオープニングが流れてきそう!」って言って盛り上がったり(笑)。
花井 わりと磯部さんと波長は合ってた気はしましたね。こんなに仲良くなった編集部の方って私、初めてですもんね。
磯部 ええ! うれしい。私もなにか相談する時、花井さんがいつもポジティブに受け取ってくださるので、相談が全く億劫じゃなく、楽しかったです。だから、細かいこともたくさん相談させてもらいましたよね。
例えば、フォント変えの箇所。児童文庫って、本によって一部フォントを変えることがあるじゃないですか。するどいツッコミの箇所や大声で叫ぶ箇所とか。
わたし、フォントのこと、全然詳しくなくて。それこそ、マンガ編集の人がアップしていたネットの記事とか読んで、あわてて勉強しました(笑)。
やってみて気がついたのですが、フォントを変えるとかなり文の印象が変わる。「花井さんはこういうトーンで書いてないかも?」「印象を損ねちゃわないかな?」と心配で、何度かご相談させていただきました。
花井 文字が与える印象って、自分だけじゃ判断できないですよね。
磯部 「確認が細かすぎて嫌にならないですか?」と何回か聞いてしまいました。でも、「細かいのがむしろありがたい」っておっしゃってくださって、ホッとしたのを覚えています。
花井 私も読んでもらって、「こんな印象を受けました」という答えが返ってきて初めて、自分の意図とのすり合わせができるので。それを本当に密にしてくれたのが磯部さんだったので、今回は本当になんだろう、いいものができたなあっていう。
マリトラ1巻は本当に、最高傑作だと言ってもいいんじゃないですかね、私のなかでは。
磯部 うう……泣きそうです(泣いた)
一度、印刷所さんとのやりとりが上手くいかなかったとき、ご迷惑をおかけしました。でも、その時に花井さんが送ってくださったメールがとても印象に残っています。
花井 不器用ながらがんばっていければいいなという話はしましたね。
磯部 そうなんですよ。あのメール、心に沁みました……。児童文庫未経験のわたしを頼りなく思っても当然なのに、そこを「一緒にがんばりましょう」と言ってくださって。ああ、初めての担当作家さんが花井さんでよかった!
発想は「ウミガメのスープ」
磯部 マリトラは、大人でも最後を読むまではわからない本格ミステリー。このトリック、どんなふうにして生まれたのでしょうか。
花井 トリックの作り方ですか? 水平思考クイズってわかりますかね、あの……
磯部 ウミガメのスープ! 大好きです!
花井 そう、あれと同じなんですよ。まずひとつ、自分で謎を決めて。その謎にたどり着くにはどういう道順で行けばいいかなって考えていくんですよね。
今回だったら「転落死の謎を探す」っていうのをぽんって作って。じゃあどうやったらそこに辿り着くかなっていうのを一つひとつ作っていってるんです。
だから、答えから先に書いて、問題をあとで作るみたいな感じですね。
磯部 なるほど。そして、そこに感情が乗っているところがいいですよね。種明かしを読んで、「あーなるほどね」って、納得しても共感できないお話もあるじゃないですか。
花井 ああ。
磯部 確かに思いつきはすごいけど……となる作品(笑)。でも、マリトラは青春の延長というか、誰もが持っているコンプレックスや恋心が絡んでるところがまたいいなって思うんですよね。小中学生が等身大で楽しめる本格ミステリーって、あんまりない気がします。
花井 恋愛って、不思議なナゾがいっぱいあるなぁと思って、ラブコメとミステリーを合体させてみました。
磯部 読み始めたら、ナゾが解けるラストまで、もう止まりません! ああ、みんなに読んでほしい!
キミノベル小説大賞に応募しようとしている人へ
磯部 最後に「キミノベル小説大賞」にこれから応募しようとしている人へ、なにかメッセージはありますか?
花井 私、小説を書く勉強とかも今までしたことがなくて。物語を作るのはちっちゃな頃から好きだったんですけど。でも、小説家になりたいと思ったことは、実はないんですよ。
いつの間にか、小説を書いて、本が出ることになって。でも、自分のなかではずっと自信がなかったんですよね。
磯部 こんなにおもしろいのに……。
花井 最初に別の賞をとったときも、投稿サイトにアップした時点の閲覧数は全然なかったんですよ。300くらい。
すごく悩んでました。当時は「流行りものじゃないとダメなのか」とかいろいろ考えて自分でも異世界転生ものを書いてみたりしていました。けど、書いていて自分で面白くなかったんですよね。
だから、やっぱりこれじゃダメだって。たとえこれで書籍化しても多分続けていけないなっていうのがあったので。つい書きたくなっちゃうものを書いていこうと。
磯部 流行りのものが書きたいんじゃなくて、自分が書きたいものを書くっていうところに、こだわったのがよかったですよね。そういうものがわたしたちも読みたいです。
キミノベル小説大賞では、「これぞ!」という作品をお待ちしております。
でも、今はまだ第2回キミノベル小説大賞の選考中なので……
まずは、マリトラを読んでみてください!(笑)
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