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秋の鳴く虫、ぼくに黙って引っ越した?~じいちゃんの小さな博物記⑫
「アオマツムシが、きょうも帰りみちで鳴いていました」と谷本さん。
「みなさんが聞く声の主は、エンマコオロギやツヅレサセコオロギでしょうか。クズが生えるような草むらだと、ヒロバネカンタンかもしれません。リューッと鳴きますが、長くはありません」と教えてくれました。
でも、全体に鳴く虫が減っていることが気がかり。うるさいといわれるアオマツムシでさえ減っているように感じているそうです。
『草木とみた夢 牧野富太郎ものがたり』(出版ワークス)、『週末ナチュラリストのすすめ 』(岩波科学ライブラリー)などの著者、谷本雄治さんの「じいちゃんの小さな博物記」第12回をお届けします。
谷本雄治(たにもと ゆうじ)
1953年、名古屋市生まれ。プチ生物研究家。著書に『ちいさな虫のおくりもの』(文研出版)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)、『ぼくは農家のファーブルだ』(岩崎書店)、『とびだせ!にんじゃ虫』(文渓堂)、『カブトエビの寒い夏』(農山漁村文化協会)、『野菜を守れ!テントウムシ大作戦』(汐文社)など多数。
秋の鳴く虫が好きだ。半世紀前から飼い始めたスズムシは今年もリーン、リーンと鳴き通し、演奏会をそろそろ終える。
鳴く虫は飼いたくなる。といっても美声を誇り、手に入れやすい虫となると限られる。野生のスズムシを見つけるのはまず無理だから、天然物は最初からあきらめている。
ところが江戸時代に人工飼育が始まったスズムシは現代も数多く流通し、小遣い程度で買える。しかもおとなしくて世話も簡単だから、鳴く虫の入門種に最適だ。
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ぼくは小学3年生のとき、伯母に分けてもらった。かめに砂を入れ、木炭を置いてナスを与えるという昔ながらの飼育法も教わり、数がふえると火鉢で飼った。砂地に産卵するので、乾かないように気をつけて春を待てば、幼虫が誕生する。
マツムシはそうもいかない。ススキの株元などに産卵する習性があるため、難易度は高い。一度だけ成功したが、3匹しかふ化せず、翌年にはつなげなかった。
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日が落ちると、唱歌「虫のこえ」に登場する通り、チンチロリンと鳴く。スズムシは7回連続して鳴く「七振り」が最高とされるが、マツムシはチン・チロリンと微妙に音を切るのが魅力だ。口に出してまねしたくなる。
繁殖は難しくても、どこにでもいる。その気になればいつでも飼育できるだろうと、たかをくくっていた。
それが消えた。野生のマツムシの鳴く声は、長いこと耳にしていない。
オスなのに、「鳴く虫の女王」とたたえられるカンタンの声も遠のいた。 ルルルというのかリューというのか、単調だが、ひと鳴きがとても長い。以前飼ったときには、連続して20分ほど鳴くものがいた。
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生息地に出かけて音色を楽しむ催しが続いている
もはや悲願に近い気持ちでいるのがクサヒバリとの出会いだ。スイカの種ほどの茶色の虫で、フィリリリとどこか悲しげな曲を奏でる。
クサヒバリもかつては、苦労せずに見られた。マサキの生け垣の前で耳をすませば「ここにいるよ」とばかりに鳴いて、居場所を教えてくれたものである。漢字で「草雲雀」と書くのも、風情があっていい。
ところがいざその気になると、見つからない。写真の1枚も撮っていないというのに、クサヒバリも遠い存在になっていた。
環境の変化や農薬散布など減少の原因はいろいろありそうだが、それ以上に気になるのは人々の関心が薄れることだ。どうでもいい虫になれば、減少がさらに進む。
「秋の鳴く虫を探すぞ!」
孫と連れ立って出かけた草むらから、美声が流れてきた。飛び込むと、這いだしてきたのはエンマコオロギだった。
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「あっ、ゴキブリ!」といわれることしばしばである
「見た目はゴキブリみたいだけど、いい声で鳴くんだぞ」
「知ってる。でも、メスが多いようだね」
探せ、孫よ。昆虫少年も絶滅危惧種のひとつだと聞くほどに、その貴重種が身近にいる幸せを実感する。
コオロギの耳は、前あしにある。心あらば聞いとくれ。ぼくらは君たちのことを思い続けるからね。
草間から、リリリと聞こえた。