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アイデアは原稿の「奥」にある――『君の膵臓を食べたい』のデザイナーが手がける最新刊の企みとは

「ブックデザイナー」とは、あまり聞きなれない言葉かもしれない。
一冊の小説があったとき、文章を書くのは作家で、作家のサポートと本づくりの全体指揮をするのが編集者。カバーイラストを描くのはイラストレーターで、本のタイトルや帯などをデザインするのがブックデザイナーだ
ブックデザイナーはとても忙しい。編集者のイメージを汲み取ってデザインの方向性を考え、イラストレーターと打ち合わせをし、イラストのブラッシュアップ案を相談することもある。もちろん帯やカバーを外した表紙など、本の色んな部分のデザインもしなければならない。
ブックデザイナー次第で本の印象はがらりと変わる。まさに本の外見すべてを司る存在なのである。

12月3日に凪良ゆうさんの『わたしの美しい庭』という小説が刊行された。
マンションの屋上庭園にある「縁切り神社」を舞台に、そこを訪れる人々の再生を優しく描いた希望の物語だ。
凪良さんはBLジャンルで活躍し、近年では一般文芸にも進出。前作『流浪の月』(東京創元社)が大注目を集め、待望の単行本二作目となる。
本づくりにあたって、僕が編集者として思ったことは、この本は絶対に読者に届けなければいけないということ(もちろんどの本もそう思っているのだが)。
僕だけかもしれないが、この社会はとにかく息苦しい。
この本は、僕みたいに社会の「生きづらさ」に溺れてしまいそうな人たちに、正しい息継ぎの方法を教えてくれる。それはきっと、ささやかな救いになる。だからこそ、この本を必要としている人たちに、必ず届けなければいけない――。
そんな思いを持ってブックデザインの依頼先を決める時に、僕は迷わずbookwallというデザイン事務所に連絡をした。

bookwallは伊坂幸太郎さんの『陽気なギャング』シリーズ(祥伝社)や、宮部みゆきさんの『過ぎ去りし王国の城』(KADOKAWA)など、幅広いジャンルのデザインを手掛けている。その特徴はどのデザインにもエンタメ色があることだ。
『わたしの美しい庭』はとても美しい物語だ。でも美しく仕上げるだけでなく、作品の持つエンタメ性も伝えたいと思ったのだ。
bookwallには複数のデザイナーがいるが、この本の担当になってくれたのは、築地亜希乃さん。
あの大ヒット作『君の膵臓を食べたい』のデザインを手がけたデザイナーだ。

依頼から約半年。出来上がった本を見て、心が震えた。
この小説はこの本の形しかありえないという「最適解」がそこにあった。
それは、イラストやデザインが美しいというだけではない。凪良さんが伝えたかったこと、本に込めたものが、正しく掬い取られていると感じたのだ。
そして疑問にも思った。
どうやってこのデザインを導き出してくれたのか。どうやってこの小説が持っている世界や、テーマや、色んなものを、デザインに落とし込んでくれたのか。

デザインの方法はデザイナーさんによって違っている。本の原稿を読む人もいれば、読まない人もいる。それぞれのやり方で最高のデザインを創り出してくれるが、bookwallのデザイナーさんは、必ず原稿を読んでからデザインの打ち合わせに入る。
もしかすると、そこに何かのヒントがあるのだろうか。
そんなことを思ったが、その秘密を自力で解読することができなかったので、このnoteの場を口実に、本人に直接訊いてみることにしたのだ。
(聞き手:文芸編集部 森潤也)

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『わたしの美しい庭』あらすじ
統理と小学生の百音はふたり暮らし。朝になると同じマンションに住む路有が遊びにきて、三人でご飯を食べる。
百音と統理は血がつながっていない。その生活を“変わってる”という人もいるけれど、日々楽しく過ごしている。
三人が住むマンションの屋上には小さな神社があり、統理が管理をしている。
地元の人からは『屋上神社』とか『縁切りさん』と気安く呼ばれていて、断ち物の神さまが祀られている。
悪癖、気鬱となる悪いご縁、すべてを断ち切ってくれるといい、“いろんなもの”が心に絡んでしまった人がやってくるが――。

原稿の中からこそ生まれてくるもの

森 『わたしの美しい庭』のデザインありがとうございました。そしてお疲れさまでした。かんぱーい!

築地 かんぱーい!


森  bookwallのデザイナーさんは、ブックデザインの際に、必ず原稿を読んでくださいますよね。


築地 そうですね。デザイナーさんによっては企画書や、編集者さんから物語のあらすじをお伺いしてデザインされる方もいるかと思いますが、bookwallではまず読むことから始めます。松(bookwall代表:松昭教)の教えです。ただ、ブックデザインは本の中身をそのままデザインするわけではないので、印象でデザインするのも大事ということも同時に教わりました。


森 原稿を読むことで、中身に捕らわれてしまうことがありますものね。


築地 そうなんですよ。読むことで思い入れが強くなりすぎて、デザインの幅が狭まっちゃうこともあって……ただ、原稿を読むことでなんとなく表面しか見えていなかったものの奥を知り、そこから生まれてくるアイディアもあると思っています。

森 『わたしの美しい庭』の原稿をお送りして、築地さんが「すごく良かったです!」と言ってくれたのは嬉しかったですね。デザイナーさんは編集者に次ぐ第二の読者というか、まっさらな状態で読む初めての読者でもありますから。
最初にこの原稿を読んだ時に、浮かんだイメージはどういうものだったんですか?


築地 イメージというよりは感想に近くなってしまうのですが、登場人物がみんな愛おしかったです。優しくて柔らかい明るい雰囲気をまとっていながら暗さや脆い部分があって、でもちゃんと強い部分も持っている……そんな彼らがいる世界だから読み心地もとても良かったです。だから作品全体が持つ空気感を大事にしながら本の形に落とし込めると良いなと思ってました

森 僕からは「美しさとエンタメ性の両立」というリクエストを伝えて、築地さんにイラストレーターさんの候補を出していただきましたが、最終的にイラストを描いてくれた植田たてりさんはどう選んでくださったんですか?


築地 イラストレーターさんについて、私の中では方向性が二つありました。キャラクターの魅力を活かして、優しい色で柔らかい線と人物を描ける人。もう一つは、先ほどのお話に出た優しさ、柔らかさ、切なさや脆さの部分を抽象的な表現で描ける人。
なので、キャラクターを推すか、全体の印象を優先にするか、という二路線があって、自分の中でその中間を描けるのが植田さんだったんです。


森 文芸作品はキャラやテーマや小物など、どのポイントを拾い上げるかでアプローチの可能性が無限にあるので、どうやってイラストレーターさんを選ばれたんだろうと気になっていました。


築地 植田さんは「抜け」のある広い空間を曲線と淡い色合いで描かれる方で、絵を見ていると私はとても落ち着くんです。どうしてかって言いますと植田さんの絵の中にいる人や物は幸せだろうなぁと思うからです

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(植田たてりさんのイラスト)

広い空間に人物が一人でいると寂しく感じることがありますが、植田さんは違うんです。そこにいる人や植物、建物は当たり前のようにそこに存在してて、そこで生きてるんです。他に何もないかもしれないけどそのままでいい。だから植田さんの描かれるイラストはどれも心地よく感じるものが私は多いです。それに、描かれているアイテムはひとつひとつにストーリー性があって物語を感じられる。そうした植田さんの絵の魅力を考えると、今回の『美しい庭』の世界にどんどんはまっていく気がしました。
また、作品の舞台が「マンションの屋上庭園」なので、その空間を描いてもらえば、装丁としての華やかさも自然と生まれるんじゃないかと思っていました。


オーダーは「天国に一番近い庭」


森 植田さんに絵を描いてもらう前から、そこまでイメージされていたんですね。


築地 そうですね。あとはどういうシチュエーションでその庭園があったらいいかな、というのを松と考えまして、それで出てきたのが「天国に一番近い庭」ってどんな庭だろうという話でした。
「庭に雲があふれてて、空からキラキラした光が降ってきてて~」という雑談から、最終的に「天国」というワードが出たんです。それで「天国に一番近い場所」がいい距離感だろうという話になりました。
この「天国に一番近い庭」という単語が出た時点で、植田さんならきっと素晴らしい絵を描いてくれると確信しましたね。

森 今回は、そうした「天国に一番近い庭」というオーダーだけ伝えて、植田さんが自由なイメージでラフを描いてくれたわけですよね。

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(植田さんの描いた一番最初のラフ)

築地 そうですね。届いた最初のラフも素敵だったんですけど、修正をお願いしました。
もともと今回は、デザインにあたって空間を広げることを重視しようと思っていたんです。
今回の装画では、人物がいてモチーフがあって、それらがある程度の大きさでちゃんと見えないといけない。そのためには表1(表面のこと)の中でできるだけ絵に広がりを持たせるように意識していました。
そういう前提のもとでラフを見た時に、まだ空間の広がりを作ることができるんじゃないかなと思いまして、それで、絵を湾曲させましょうと植田さんに提案したんです。


森 なるほど。湾曲というアイディアはそういう過程で生まれたんですね……。


築地 その後もラフの細かい修正を何度かお願いしましたね。例えば空の色を真っ白にしたこともその内の一つです。「天国に一番近い庭」にしては青空の青色に現実感を感じたので、より「非現実感」を出すことはできないかを考えまして、空は白に、空以外の色味も少し変えて頂いて装画全体が白っぽくなるようにお願いしました。「白昼夢」みたいに見えましたら面白いかなぁと。読者の方に、白い空の向こうに何が広がっているのか、庭全体が白い光に包まれているのか、といったような想像を膨らませてもらえるといいなと思ってました。


ちなみに他にもたくさん提案したことがあるのですが、植田さんもこちらの提案をすべて反映させたわけじゃないんです。でも、そこが植田さんのすごさだなと思いました。修正の要望をいったん飲み込んで、デザイナーが何をして欲しいのかを考えて考えて修正する。その絵はやっぱりパワーアップしてるんですよ。そういうイラストレーターさんとお仕事をするのは楽しいですね。

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(完成した本画。絵の湾曲や色味など、細部が変わっている)

森 イラストで言うと、このリボンもすごく象徴的ですよね。作中にリボンは出てきませんが、このリボンが作品の色んなテーマを含んでいる気がして、イメージとしてよく描いてくださったなあ、と驚きました。

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(イラスト上部に描かれたリボン)

築地 ラフでこのリボンを見て、「植田さん天才!」と思いました(笑)。
このリボンがすごく効いているんです。ふわっと向こうからこちらへ風が吹いているように見えるというか。


森 そうか、絵に動きがでるのか!


築地 そうなんです! 勝手なイメージなのですが、植田さんの描かれる世界にはきっと穏やかな風が吹いてて、気温も湿度もちょうどいいんです。だからこそ今回のカバーでも、主人公の百音ちゃんがいる場所にいい風が吹いて欲しいなと思っていたとこもありますね。


タイトルデザインの苦労


森 絵が完成してからは、タイトルデザインですごく苦労されたそうですね。


築地 完成形に至るまで、めちゃくちゃ時間がかかったんですよね。


森 悩みポイントはどこだったんですか?


築地 ずっと「抜け」や「空間」を意識していたせいで、文字がイラストの邪魔をしないように、という思いがデザインに影響されていったんです。
絵に抜けを残すなら、文字を小さくして、文字間をしっかり空けて、静かに置くのがいいだろうな、と思ってデザインしたんですが、すごく絵に馴染んでしまったんです。

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(絵に馴染んでしまったタイトル)

なんで馴染んでしまうんだろう、と考えたときに、バラとか鳥居とか、絵の中に細かいモチーフがたくさんあることに思い至るんですよ。そこに文字も小さく静かになると、細かい物が集まってしまうので、タイトルとイラストの両方が等しく目に入ってしまい、どちらも引き立たないのではないかということになりました。
じゃあタイトルを大きくしてみようと考えて、「わたしの」「美しい庭」が4文字ずつだったので、最初は4文字4文字で頭をそろえて配置してみたんです。そうすると、きれいな長方形になってしまい、表1全体が止まってしまったんです。

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(4文字4文字で配置したタイトル)

この組み方で止まって見えるということは、タイトルを大きくしても小さくしてももはや同じことなんです。それなら少しズラしてみようと考えて、頭の位置をズラした瞬間に、止まっていたタイトルが動き出して「この方向だ!」となりました。

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(完成版のタイトルデザイン)


「外れた人たち」をデザインで表すこと


森 なるほど、奥が深い……。ちなみに、タイトルの「庭」の文字だけ少し大きくしたのは、何か意図があるんですか?


築地 アクセントの意味もありますが、そこが最初にお話した「原稿を読むこと」に繋がるんだと思います。
この本の中に出てくる登場人物たちというか、凪良さんが描かれる人たちは、今の現代社会からは「外れた人たち」が多いと思うんです。血はつながってないけど親子のような統理くんと百音ちゃん。ゲイの路有くんに、うつの基くん。
そういう「外れた人たち」を意識して少しズラしました。原稿を読んだことが「庭」のデザインに繋がるわけです。


森 よく見ると、タイトルの配置も左右真ん中ではないですよね。少し左にズレている。それも同じ意図からですか。


築地 そうなんです。ちょっとだけズラしたんです。


森 この「わ」の頭が切れているのもそうですか?

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(「わ」のてっぺんは、少し切れたデザインになっている)

築地 ちょっとだけはみ出ている、というイメージです。でもちょっとだけなんですよ。気づいてくれたら嬉しいな、くらいで。


森 「わ」の部分のデザイン、おしゃれだなあと思ってましたが、そんな意味があったんですね。じゃあ、章扉のデザインで文字がかすれているのも同じ意図ですか?


築地 そう、そうなんです! かすれのある少し変な文字感にしていたり、まっすぐ並んでなくて右左に揺らしたりしてます。気づかない人もいると思うんですけど、よく見るとあれ? ちょっとズレてる? みたいな部分を全部の章扉で作りました。

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(章扉の文字アップ。文字がかすれていて、きれいに並んではいない)


ただ、ちょっとだけ社会からはみ出している人たちの物語とはいっても、その現状は、登場人物にとっては幸せなはずなので、デザインをズラしすぎないように注意はしました。
ズラしすぎるといびつに見えすぎてしまって、本当の「はみ出し者」に見えてしまうんです。でも、この作品はそうじゃない。この『美しい庭』にいる人たちはそんな風にはみ出している人じゃないという点を注意しながら作りました。
なので、章扉のデザインを作るときも、このラインからはみ出さないように、というガイドを自分の中で引いて、その範囲内で動かすように注意しました。どこまではみ出るといびつに見えるか、というパターンをいくつか作って検証して、ちょうどいい場所を探したんです。


森 章扉にも、そんな想いを込めてくださっていたとは思っていませんでした……。


築地 帯のころんとしたバラも同じですね。この花は不穏に見えても構わないし、幸せがいっぱい溢れていると見えてもいいんです。「溢れるもの」「はみ出すもの」というイメージを全体で統一するようにしました。

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(帯デザイン。バラがはみ出ている)

森 なるほど。それはやはり原稿を読んでくださっているからこそできるデザインですね。


築地 そうなんです。加えて、私がこの作品の登場人物たちを好きになれたからだと思います。このいとしい人たちをどうやって文字の表現に落とし込めるかな、と思いながら作りました。


森 築地さんが『わたしの美しい庭』を愛してくださって、その想いをデザインに込めてくださっていることを伺えて、本当に嬉しかったです。こうした細部のデザインが本の魅力を増幅させると思いますし、読者の方にとってかけがえのない一冊になったと思います。
あらためて、素晴らしい本に仕上げてくださって感謝しています。
本当にありがとうございました。

今回のお相手=築地亜希乃(つきじ・あきの)
1991年生まれ。長崎県対馬出身。東京造形大学卒。「あるかしら書店」「学校に行きたくない君へ」(共にポプラ社)「鬼人幻燈抄」シリーズ(双葉社)などを手がける。児童書の仕事がやりたいです。

▼凪良ゆう『わたしの美しい庭』発売中!

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