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熱い感想を伝えてくれた内定者が、担当営業として文庫版を売ってくれている奇跡

『街に躍ねる』は、私がポプラ社に入社してから初めて、担当編集として関わらせてもらった文芸単行本だ。

小学生五年生の晶と高校生の達は、仲良しな兄弟。
物知りで絵が上手く、面白いことを沢山教えてくれる達は、晶にとって誰よりも尊敬できる最高の兄ちゃんだ。
でもそんな兄ちゃんは、他の人から見ると「普通じゃない」らしい。
晶以外の人とのコミュニケーションが苦手で不登校だし、集中すると全力で走り出してしまう癖があるから。
同級生や大家さんとの会話を通じて、初めて意識する世間に戸惑い葛藤する晶だが、兄と交わした言葉を胸に日々を懸命に生きていく。

第11回ポプラ社小説新人賞特別賞受賞作。読んだ後にきっと誰かを大切にできる、兄弟・家族の絆を描く傑作小説。

第11回ポプラ社小説新人賞の最終選考会が行われたのは、入社して1ヶ月も経たない時期だった。当時『踊動』というタイトルで候補作のひとつに挙がっていたその作品に、私は完全にくびったけだった。もはや恋。
主人公の小学5年生・晶の目から見る世界は瑞々しく輝いていて、兄・達に向ける想いはひたむきだった。全体の読み味は優しくて温かいのに、世間というものの冷たさや厳しさも確かに同居していた。きっと読み手にとても誠実な作家さんなんだろうな、と思った。
『踊動』が特別賞を受賞することが決定し、担当編集を決める段階で、私は真っ先に挙手した(※ポプラ社新人賞作品の担当決めは挙手制)。前職では別ジャンルを編集していたので、文芸編集としてはまったくのド新人であるにもかかわらず図々しいことこの上なし、作家さんも不安になるに違いない、という考えももちろん頭をよぎったけれど、それを「この作品に携わらせてほしい」という思いが凌駕した。
とにかくめちゃくちゃ好きだったのである。

川上さんとお会いして作品について話し合いを重ね、『踊動』は『街に躍ねる』と改題し、素晴らしいイラストと帯コメント、装幀デザインに恵まれ、2023年2月に単行本として刊行された。

この『街に躍ねる』が2月5日についに文庫化する。
時の流れが速すぎる。

ここでやっと本題に入る。弊社の日向君の話をさせてほしい。

日向君と初めて会ったのは、内定者懇親会の時だった。
社員同士の懇親会も兼ねており、場はすでに温まった状態で、満を持して内定者たちが登場した。(当時まだ大学生だったフレッシュな男女5人の眩しさに目が焼かれた)
いくつかのテーブルに分かれた立食形式の会場を内定者たちが回ることになり、私はたまたま日向君と話す機会を得た。
若い……若すぎる……緊張のあまり手汗だくだくで、「あ」とか「え」とかしか言えなかった私に、日向君の方から気さくに話しかけてくれた。どちらが社員か分かったものではない。
「僕、子供と大人の架け橋になるような文芸作品がとても好きで」
と彼が言った瞬間、私は「『街に躍ねる』って作品が発売してさあ」と口にしていた。言葉が先に出て思考が後から追いつく、というレベルの反射速度で、自分でも引いた。
もちろん『街に躍ねる』(※以下『まちはね』)は中高生にも大人にも男性にも女性にも世代性別問わず全人類に激オススメ、ぜひ読んでいただきたい傑作小説なのだが、視点となるのが小学生で読みやすいこともあり、その条件にぴったりでは、と思ったのだ。しかも確かこの時、発売直後でホットだった。
ゆえにとたんに饒舌になり、とにかく作品の魅力を語り倒した記憶がある。気持ち悪すぎる。
日向君は「そうなんですね」と真剣に話を聞いてくれていた。なんて良い人なんだ。入社後にどこの部署に配属されるかは分からないが、陰ながら応援しよう、と思った。

月日が経ち、4月に内定者が入社。社員となった日向君と話す機会を得た。

「あのあと『まちはね』読みました」と彼は言った。
え?
私は天を仰いだ。本当にありがとう。

最低なことにかなり前なので、当時伝えてもらった感想を一字一句違わず思い出すことはできないのだが、「大好きだった」と言ってくれたことと、心の底から面白いと思っているものを語るキラキラとした目をしていたことは覚えている。
自分が大好きな作品を大好きと真正面から言ってもらえると、心が震える。
オススメした作品を一読者として読んで好きになってくれたなんて、これ以上嬉しいことがあるだろうか。
配属の発表はまだだったが、どんな職種になったとしても「いつか川上さんがご来社される機会があったら、ぜひご挨拶して直接感想を伝えてもらいたいな」と強く感じた。

そして今。
なんと一般書の営業部に配属となり二年弱ばっちり経験を積んだ日向君は、『まちはね』文庫版の担当営業として伴走してくれている。

こんな奇跡、ある?

ちなみに彼が作成してくれた書店さん用のフリーペーパーはこちら。

手書き。そして伝わってくるのは『まちはね』への愛。
「こんな感じで良いですか?」と見せられた時、涙をこらえるため思わず目頭を押さえた。だめなわけがないのである。(※『まちはね』に登場する大好きなシーンの一部を引用した表現です。探してみてください)
今度川上さんがご来社する際に、日向君を紹介する予定だ。ぼんやりと思い描いていた夢が叶ったような気持ちだった。

今回、日向君が担当営業となってくれたのは、もちろん彼の気持ちと熱意あってのことだろう。
そのうえで私は、これは『まちはね』という本の力、本が導いてくれたご縁だとも思う。
私が今、曲がりなりにも本に携わる仕事につけているのだって、幼少期から学生時代に至るまで「大好きだな」と感じた、たくさんの「あの本」たちへの憧れの結果ではないか。
本(に限らず創作物全般がそうかもしれない)には、きっと生き方や人間関係を変える力がある。印象的な台詞を心に留めて日々を過ごすように。同じものを好きなたちと語り合って友達になれるように。日向君のように思ってもみない形で仕事として関わってくれるように。

繰り返しになるが『まちはね』は、世代性別問わず全人類に激オススメ、ぜひ読んでいただきたい傑作小説だ。
文庫化を機に、この本を大好きになってくれる、よりたくさんの人の手に届きますように。どうぞよろしくお願いいたします。
なお、文庫版ではイラストレーターのみなはむさんに、装画をご担当いただきました。作品を読んだ後にじっくり眺めたくなる、ノスタルジックで美しいカバーを目印に、書店さんでも探してみてください!!

『街に躍ねる』担当編集:稲熊

(川上さんの第2作目『今日のかたすみ』も発売中ですのでぜひお手に取ってみてください。「家」や「暮らし」をテーマに、同棲中のカップルやアパートの隣人同士、ルームシェアをしている男3人などを描く連作短編集です。読んでいるうちに自分自身の経験も蘇る、生活の音やにおいがしてきそうな描写がとっても素敵で、こちらも全人類にオススメです)

★★

※著者の川上さん、そして同期の受賞者である菰野さんと冬野さんの鼎談はこちら

※なぜ『踊動』が『街に躍ねる』になったのか、タイトル決めの裏側はこちら



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