遊民的中国レポート【1】29,800円のパックツアーと留学生との出会い
29,800円の北京パックツアーと中国人留学生
生まれて初めて「海外」とやらに行ってみようと思ったのは22歳の時。
29,800円の中国・北京の2泊3日のツアー。当時の私にもなんとか払える額がそれだった。
学部時代の4年間は旅行に行くような金銭的余裕はなく、国内にしたって遠出をする機会は部活の「遠征」くらいであった。
やむを得ない事情により大学最後の春に部活を辞めることになった後、アルバイトを複数掛け持ちし、ようやく余裕が出始めたのは、ある程度の金(40万程度)が溜まり、奨学金をもらいながら大学院に進んだ時だった。
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大学院に進むと同時に、二人の中国人留学生と関わりを持つことになった。入学式で近くに座った彼らに、なんとなく話しかけたのが仲良くなったきっかけだ。
Hさんと、Lさん。
上海で育ち、学部は慶應大学を卒業したHさんはいかにも優秀なお嬢様。
少数民族を父親に持ち、日本よりもベトナムに近い省からやってきたLさんは明るく快活な青年だった。
二人は私とは別の学部で、経済学部の学生だった。
彼らも入学したてで日本人の友達はいないと見え、私たちはそのうち、一緒にランチしたり、空きコマにお茶をする仲となった。
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当時は日中関係があまりよろしくない時期で、両国で政治問題が取り沙汰され、中国の一部では反日デモだとか、日系企業の打ち壊しが起こるだとか、そういったものがしょっちゅう報じられていた。
対して中国でも、尖閣諸島問題であったり、歴史問題であったりが盛んに報道されていた。
中には眉唾物の情報もあったが、相互に印象が悪い時期であったことは確かだろう。
今思うと、そういった背景に加えて、私自身が無知であるが故に、彼らに対して大変失礼な質問をしていたと思う。
中国では日本のことを嫌いな人が本当に多いの?
「田舎の人は日本人をドラマの中でしか知らない人もいるから嫌いな人もいるかもしれない。そもそも外国人に慣れていないかもしれない。」
みんな抗日ドラマを見てるの?
「抗日ドラマは見る人もいれば見ない人もいる。作れるコンテンツに制限があるため、製作されるドラマは抗日ドラマが多くなる。抗日としておけば、結構自由にコンテンツを作り込めるのではないか。」
どうして日本に来ようと思ったの?
「欧米に比べて近く、親が安心する。」
「トップ層や最富裕層がいく欧米よりもハードルが低かった。」
「日本の現代ドラマや創作物はみんな見ているからある程度親しみはある。」
食品に溝で取った油を使ってるって本当?
「溝の油は実際に業者が回収しているのを見る。それがどの程度市場に出回ってるのかは分からない。」
プラスチックでお米を作るの?
「収入が低い人の中には汚染された食べ物を買う人はいるかもしれない。それにしてもプラスチックで米を作るよりは普通の米の方がコストが低いのではないか。」
なんか中国って怖いイメージだけど実際どんな感じなの?
「治安は悪くないと思うが、スリやボッタクリは多少ある。」
日本で一人暮らしするの、心細くないの?
「前の大学で十分に生活に慣れた」
「最初は日本語が分からない時があって苦労したが、今はそうでもない。」
彼らは、私の不躾ともいえる質問一つ一つに、非常に真面目に答えてくれた。
当時の私は、中国に限ったことではなく、日本以外の国のことを知らなかった。日本の歴史も、受験知識で得たもの以外、ろくに知らなかったのだ。
今にして思うと、怒られても仕方がないようなことも聞いたのではないかと思う。
初めて深くやりとりをした外国人が、穏和で礼儀正しい彼らであったのは幸運だったかもしれない。
そうした問答を繰り返す中で、
「実際どんな国なのかは、僕らから聞くよりも行って見た方が良いよ。旅行で行くぶんにはそんな怖い目にも合わないはずだから」
と言われることが何度かあった。
夏休みに入る頃には、私もすっかり、「行ってみよう」という気になっていた。
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パッケージツアーの中から選んだのは、29,800円の旅行パック。行き先は北京。
首都だし、ちょうどいい。
格安ツアーといえども、当時お金のなかった自分にとっては、結構大きな買い物となった。
中国東方航空という、私にとっては聞き慣れない飛行機で中国に向かった。
機体もなんだか小さいようだ。
国内の移動でジャンボ機しか乗ったことのなかった私は、なんとなく不安になったが、飛行機は身軽に離陸し、大きく揺れることもなくスムーズに北京に向かった。
周りで闊達におしゃべりする中国人客、既に機内に漂う、日本では嗅いだことのない種類の香りを感じながら「このパイロットは操縦がうまいな」とぼんやりと考えた。
2時間のフライトを経て、飛行機は赤茶色の大地に向かってゆっくりと旋回しはじめる。
着陸も離陸同様、滑らかだった。
飛行機が停止する前にシートベルトを外し、荷物を取り出そうとする乗客等に少し面食らいつつ、降り立ったエアポートのロビーは、機内よりも更に強く、独特の香りを放っている。
到着出口でツアーのガイド、他の日本人客らとと落ち合い、ヒュンダイ社のバスに乗り込む。
土埃の舞う広大な道路
乱暴な運転と鳴り響くクラクション
大声で話す自分に似た見た目の人たちが話す日本語とは全く違う言葉
日本の夏とは違う、乾いた熱い風
自分にとって初めての「海外」だった。
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2泊3日のパックツアーの感想は、ありきたりなカルチャーショック
つまり、トイレの品質の違いや、出される食べ物への新鮮な驚き…
といったものが主である。それらについてはここでは省略するとして、それ以外の重要なこととしてツアーガイドや、キックバック目当てに寄られるであろう土産物屋という限られた中で少し話した中国人らに、なんとも言えない好意を抱くようになっていたことが挙げられる。
私たちツアー客が勝手に動き回ると舌打ちをしてあからさまに機嫌が悪くなるツアーガイド、無表情で淡々と接客する中国茶屋の女性店員。
客だからといって媚びることもなく、仕事は仕事としてこなしつつ、かと言って決して冷たいわけでもなく、雑談にも応じてくれる彼らの距離感が、わたしには居心地が良かったのだ。
帰国する段の飛行機の中で、私はどうやって留学する費用を工面するか、ということを考え始めていた。
HさんやLさんが生まれた国を、盛んに報道されている近所なのによく知らない国のことを、もっとじっくりと見てみたい、と思うようになっていた。
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気が向いた時に続きを書きます。
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