寒空のキリギリス
木枯らしの吹く空の下、赤や茶色の葉の中に、やけに綺麗な緑の葉を見つけたと思ったら、あなたはキリギリスね。
虫の息のキリギリスさん、いえ、からかっているのではないのよ。
貴方が死ぬまでの時間、私と少しお話しませんか。もうすぐ死んでしまう貴方の、残りの時間をくださいな。
私はね、人間という生き物なんです。
貴方たちよりも少し寿命が長い生き物です。
私はこうやって、春夏秋冬、この山道を散歩して、もうすぐ死んでしまう虫に話しかけているの。
そうしてそのあと死んでしまった虫を、小さな透明の箱に入れて、飾っているの。少し、おかしいと思われるかもしれませんね。
貴方は、今とても自分のこれまでの生活を後悔しているのね。
今の自分があるのは、これまでの生活が原因、と。
貴方の仲間が出てくる童話を、意地悪な誰かが、もうすぐ死んでしまう貴方に教えたのね。
貴方はそれを素直に受け止めて、今はその誰かと同じように思っているのね。
あの時、蟻たちと同じように、一生懸命働いていれば、と。
今自分が苦しんでいるのは、あの時の自分の生活が原因だ、と。
だけど思い出して欲しいの、貴方はキリギリスで、鳴くのがお仕事だったこと。
とても短い寿命のなかで、毎日鳴き続けて、他の誰かから見たら遊んでいるように見えても、それは貴方の仕事だったのよ。
私は知っているの、貴方よりも少し、寿命が長いから。
貴方が羨ましがっているあの蟻たちも、春には女王蟻が死んでしまうの。
今元気に過ごしていても、女王蟻が死んでしまった後、途方に暮れることになっているの。
蟻たちは勤勉に働き、女王に仕えるのがお仕事なの。
女王はたくさんの子供を産むのがお仕事なの。
ただそれだけなの。
貴方に童話を教えて、貴方を笑った者たちもまた、死ぬ時に、自分が何の生き物だったのか、知るのね。
その時にやっと、自分たちの仕事が何だったか、知るのよ。
私は人間だから貴方よりも早く、自分がどんな生き物なのか知ったの。
私はこうやって、死んだ貴方たちの破片を集めて、飾っておくのが自分のお仕事だと思うの。
貴方が人間の子供から逃げる時に失った触覚のうちの一つも、カマキリに襲われた時に引っ掛けて敗れた破片の一部も、多分いつか私が見つけると思うの。
貴方はもうじき死んでしまうけど、それは貴方の生活のせいではないのよ。
他のみんなももちろん死ぬのよ。
そうしたら私は貴方たちを拾って、小さな透明の箱に飾るの。
そうしていつか私も死ぬの。
その日まで、私は自分が自分の仕事だと思うことをやるだけなのよ。貴方と同じように。
いよいよ風が冷たくなってきて、もうすぐ貴方を楽にしてくれるわ。
貴方は自分の仕事をやりきったのよ、季節が変わるまで。
後には貴方の美しい緑色の羽と、その羽が鳴らした音楽の記憶が残るわね。
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