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イデミ・スギノ②〜あたり前のことをルーティンにする

【前回まとめ】

①「イデミ・スギノ」のケーキは、口どけの芸術。風味の輪郭が明確なのに、後味が散り際の桜花のように儚く消えていく。

②杉野英実シェフの著書によると、「イデミ・スギノ」のケーキの特徴は、酒や酸味の多用にある。酒の多用は近年のフランスの動向に逆行するが、「素材の味がより一層深く表現できる」ため多用しているとのこと。

③筆者は杉野氏の主張から、志摩観光ホテル先代総料理長の高橋忠之氏の名言を想起した。「火を通しても新鮮、形を変えても自然」。高橋氏は一度自然を壊して作った日本庭園を例に挙げ、フランス料理は「姿を変えた自然の見事さ」の表現であると主張する。

④杉野氏の「素材より素材らしく」という言葉は、フランス菓子の技法を用いることにより、素材そのもの以上に「素材の持ち味」や「季節感」を表現しようとする営為を、端的に表している。


では、杉野さんのお菓子作りは、どれだけアーティスティックで魔術的なものかと想像する向きも多いと思う。

もちろんその通りではある。

杉野さんが気候や素材のコンディションにより、その都度臨機応変に対応することは、以前のドキュメンタリー番組でも紹介されていた。神業としかいいようがない。

また、杉野さんのお菓子作りに対する妥協を許さぬ厳格さも、ブラウン管を通じて表現されていた。

だからといって、杉野さんがルーティンを許さず、一瞬のひらめきに人生を賭ける芸術家肌かといえば、その言葉だけで言い尽くせるわけではない。

杉野さんは芸術家である前に、職人である。

しかも、あたり前のことをあたり前にこなすことを第一に、心掛けているのだ。

どこに何があることをきっちり管理することで無用にものを探すこともありません。泡立て器やゴムベラは引き出しに、ボウルは引き戸付きの棚に収納しています。また計量する際、材料名をいちいちメモ紙に書くのも手間がかかるので、メニューごとの材料を書いた紙をラミネート加工してカードのようにしてファイリングしています。計量したらラップ紙で覆い、上にそのカードを置きます。(杉野英実『「イデミ・スギノ」進化する菓子』柴田書店、2016)

驚いた。

僕が最近参考にしている「勝間式超ロジカル家事」にも通じる、効率化の考え方。

他に、僕はトヨタ自動車の「自工程完結」を想起した。

「自工程完結」とは、簡潔にいえば「一つ一つの工程を誤りなく実施することにより、次の工程に不良品を流さないこと」。

そのためには、それぞれの工程での手順が明確であり、成果物の「良し悪しがその場で分かること」が重要である。

トヨタ自動車では「自工程完結」のポイントとなる6つのフローを紹介している。

(佐々木眞一『トヨタの自工程完結』ダイヤモンド社、2015、より)

①「目的・ゴール」をはっきりさせる

②「最終的なアウトプットイメージ」を明確に描く

③「プロセス/手順」をしっかり考え、書き出す

④次の「プロセス/手順」に進んでよいかを判断する基準を決める

⑤正しい結果を出すために「必要なもの」を漏れなく出す

⑥仕事を振り返り、得られた知見を伝承する

「イデミ・スギノ」も、トヨタ自動車と同様に、常に良質なアウトプットを維持するため、「プロセス/手順」や「必要なもの」を明確にし、混乱を防いでいるといえよう。

厨房の乱雑さは混乱を招き、良い結果には結びつかない。

材料は使う前の選別作業が日課となっています。(中略)形が悪いもの、固いものも捨てるのではなく、選別してそれぞれにあったお菓子づくりの材料として用います。

ピュレも均一に溶けていくように1cm角にカットしておくのが僕の店のルールで、おいしいお菓子をつくるための作業性も考えています。

あたり前のことをいつもあたり前にやっていくことが、お菓子づくりの基本だと思っています。(以上『「イデミ・スギノ」進化する菓子』

「あたり前のことをいつもあたり前にやっていくことが、お菓子づくりの基本」

僕が衝撃を受けた「イデミ・スギノ」のムースの口どけの儚さは、神業やアーティスティックな技術という以上に、杉野さんの考える「おいしいお菓子をつくるための作業性」に依るところが、大きいのかもしれない。

「イデミ・スギノ」も、トヨタ自動車も、ルーティンを決しておざなりにはしていない。それどころか、ルーティンを確実にこなすなかからこそ、真の職人芸や芸術性が産まれることを表現しているのだ。

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