唐津 豆腐料理かわしま「ワインと豆腐に旅をさせちゃいけない」
「ワインと豆腐に旅をさせちゃいけない」とは、『美味しんぼ』の山岡士郎の名台詞。
僕もまた旨い豆腐にありつくため、山岡士郎の助言に従い、豆腐に旅をさせず自分が旅をした。
来たのは唐津の川島豆腐店。その片隅に、わずか8席の食事処「豆腐料理かわしま」がある。
鮨屋のような白木のカウンター。壁には黒田征太郎画伯の落書。その横には吉田類さんのサインも。器は中里隆氏率いる隆太窯の唐津焼。
旅の途中の食事はまず豆乳から。風味が物凄くて、思わず唸ってしまった。
ざる豆腐は生温かくて、当日の朝に作り立ての風味が鼻を抜ける。理屈抜きに旨い。塩も醤油も何も付けずに完食。お代わりを頂き、塩で味わった。塩を付けると、大豆の甘さがより一層舌に迫ってくる。
おからも炒りおからで美味しい。出汁で煮たおからより炒りおからを愛でたのは、確か立原正秋だったっけな?
揚げ豆腐。アツアツでハフハフ。外はカリカリで中はトロトロ。食感の妙が楽しい。揚げてなお豆腐の風味が活きている。
焼魚は鰆の西京焼。真っ当な美味しさ。
食事は、豆腐に麦粥と餡をかけた「うずみ豆腐」。昔からある伝統料理らしい。素朴な味わいで、素材の持ち味がストレートに伝わってくる。
豆腐の味噌汁も白眉。味噌が昔ながらの味わいの麦味噌で、素朴な美味しさだ。
漬物も手抜きなし。
最後に豆乳プリンで大団円。
寛政年間創業の老舗の豆腐屋が提案する、真っ当な食事。
全てがシンプルなメニュー。特別な技法を用いた料理は一つもない。それでいて、心にしみじみとした興趣を感じるのは、何故だろう?
それはきっと、必要以上に美味しすぎないからだと思う。良質な素材を丁寧に調理。味付けも淡味。毎日食べても食べ飽きない真っ当な家庭料理とも共通する、質実剛健さが僕の心を強く震わせた。
究極の美味は、追いかけても追いかけても掴むことのできない「青い鳥」のようなもの。
贅沢な料理は「ハレ」の日のもの。非日常の祝祭である。
それならば僕は、日常的に食べても食べ飽きない美味を追い求めたい。
僕は唐津の街にまで微かに聞こえる潮騒を感じながら、ふとそう思った。現在、その思いをより深くしている。