地元に帰りたくない理由
夏休みに帰ってくるか、と母親に聞かれた。
航空会社の株主優待券があるから送るよ、と。
毎年盆と正月に繰り返されるやり取りだ。
いつもと違うのは、今年の夏は帰らないことにした。コロナと仕事のせいにして。
実家に帰ると調子が悪くなる。悪くなった調子を取り戻すために東京に戻ってから何週間もかかる。気持ちが滅入って、頭の回転もおそくなる、気がする。
喧嘩をするとか、昔からそういうことはない。両親とも悪い人ではないと思う。
母親は私を医者にしたがっていた。そのため受験して良い小学生に入るために幼稚園の頃から塾に通わされていた。
小学校に合格した時の母親は私を抱き上げ、飛び上がらんくらいの喜びようだった。
これから沢山の満点を積み重ねていきたい。素直にそう思った。中学受験のために小学校の夏休みは8時間以上勉強したと思う。
それから中学受験、高校受験も合格し、成績はずっと良かった。
母親は『どう育てたらこんなふうに育つんですか?』と教師に言われ、得意そうだった。
『娘は母親の作品』
そんなことも言っていた。
ただ、中学生頃から私の気分が塞ぐようになった。私には母親の許可なしに何処かへ行ったり、何かを自分で選ぶ自由がなく、買うCDや雑誌、友人関係にまで口を出される始末だった。
中学2年生の時の国語の教師に
『君は今まで愛されてこなかったから、自分に自信がないんだよ。』
そう言われたが、その言葉は受け入れられなかった。そんなわけない、と思った。
国語教師は、それ以降なにも言わなかったが、よしもとばななやサリンジャーをすすめてくれ、私はそこから読書にはまった。
学校の先生になりたいな。
中学生の時はそう思っていた。
家で母親に伝えると、何故か怒っていた。
『学校の先生になりたいなんて。
ただの思い付きでしょ?』
私は高校生になると、ほぼ勉強をしなくなった。
学校の先生を目指すのもやめた。
高校では授業中に本を読んでいるか、学校自体をさぼって図書館に行って本を読むかのどちらかだった。本を読むと透明人間になれるようで心地よかった。
親は泣いた。一生懸命育ててきたのにと。
あなたの人生、先がしれてきたね。そう言われた。
結局親の期待を裏切ったまま県外の大学の文学部に進学し、その後は東京で民間企業に就職した。
総合職で全国転勤もあったが、どんなに辛くても、どこかで地元に帰るよりはマシという考えがあったように思う。
一度、なぜあんなに小さい頃から勉強させたのか?と母親に聞いたことがある。
『周りが皆、させていたからだ。』
そんな答えが返ってきて拍子抜けした。
なにか強い意思があったわけではないのだ。
周りに合わせて焦って熱心に教育するうちに、親同士の競争にのまれたのかもしれない。専業主婦だったから、子供を使って自分の承認欲求を満たしていたのかもしれない。
就職してからは、地元で公務員になれ、地元で見合いをして結婚をしろと言われていた。
具体的には、『地元の医者で家事と親の介護をしてくれる嫁を探している人がいるけど、見合いをしないか?』という感じだ。
したいわけがない。母親はさみしかったのだと思う。
しかし私は2社目でも東京の民間企業を選び、東京で働く人と結婚した。婚姻届を出して親の戸籍から抜けたとき、僅かに清々しさを感じた。
結婚して初めての夏がくる。
必ず毎年律儀に帰省はしていた。
それは帰省はしなければいけないと思っていたからだ。
地元に帰りたくない、といっても周りからはあまり理解されない。もっと親に感謝すべきというようなことを言われるし、私も心のどこかで親を責めている自分自身のことを責めていた。
苦しかった。シンプルに感謝できたら、また完全に嫌えたら、どれだけ幸せだろう。
私は自分のことを責めるのをもう辞めたい。
帰りたくないという自分の気持ちを尊重したい。
だから、今年は地元には帰らないと決めている。
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