採用マーケティングと採用ブランディングという言葉を用いる業者には気をつけましょう
昨今採用領域で、採用マーケティングや採用ブランディングといった言葉をよく見かけます。採用に困る企業が適切な業者を選択する一助となればと考え、記事を作成しました。
採用マーケティングや採用ブランディングという言葉を用い、候補者から好意を得て応募していただくための施策を提案する業者は、大抵がマーケティングやブランディングや採用活動の知見の少ない組織から、事業に資する成果はもたらさずただお金だけ吸い上げようとしているもの(ちょっと刺激的な表現ですが)、と理解して差し支えありません。
何という言葉を付けるのであればよいのでしょう
採用を「雇用」を目的とした施策とするなら「採用広報」という言葉が適切です。
日本広報学会によりますと「広報」とは、
組織や個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である。とあります。
応募してもらう為の各種コミュニケーションを行うのであれば、広報という言葉や機能で十分条件を満たしています。
採用マーケティングなどの文脈に載っている各種コミュニケーションは、
各種媒体(サイトやSNS)での発信
イベントでの発信
が主になっていますが、これらの施策は広報機能に内包されており、わざわざマーケティングやブランディングといった言葉を使う必要はありません。
マーケティングやブランディングに関しては、それらが機能していると言えるまでに数多くの必須事項が存在し、実行する側に多くの負荷がかかるもので、それらを着実にやり切る運用が求められます。
候補者から好意を得て応募していただく、もしくは入社いただくまでの短い関係性だけに焦点を当てた施策に、マーケティングやブランディングの機能を全て用いることは、必要としない成果や運用を組織に課してしまい、いらぬ負荷が生じることになります。
採用をどのような意味とするかが重要
採用を雇用することを目的とするものと考えるか、それとも継続的な事業成長を実現する為の過程として特定の個人を雇用する活動と考えるのか。
採用の理解として圧倒的に多いのは前者であり、後者を定義している組織は少ないと思います。そして私は後者であれば、マーケティングやブランディングという言葉を使い採用に関する施策を行なっていても不思議に感じません。
継続的な事業成長のためには関係者が組織内外の資源を活用し「成果」を出し続けることが必要で、人事の領域ではその成果を測定する適正な「評価制度」が必要で、成果を出すために「育成」する過程があり、その対象者を集めるために「採用」をしている。
さらに細かな点を加えるならば、退職、マネジメント、配属など、これらの仕組みがしっかり連動している、組織と社員(人と組織はさまざまな契約形態がありますが便宜上社員とする)の長期的な関係を設計できている企業であれば、マーケティングやブランディングという言葉を付しても私は違和感は生じません。
「継続的な事業成長に向けたマーケティング(ブランディング)の一環としての採用」という言葉が何らかのタイトルに活用する概念として適切と考えますが、これはこれでくどいですね。
マーケティングやブランディングって何でしょう
マーケティングとは消費者と企業の間に発生する購買フローを支える重要な活動です。
ただし日本語における画一された解釈がないので、以下にマーケティングの意味に関して記された言葉を紹介します。
組織の目標と調和する形で人々や社会のニーズを明確化し、それを満たすことである。
顧客の創造
顧客、クライアント、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造、伝達、提供、交換するための活動、一連の制度、およびプロセスのことである。
※一旦マーケティングにおける大家の言葉をお借りしています(コトラー&ケラー&チェルネフ、P・F・ドラッカー、アメリカ・マーケティング協会など)
一方ブランド(ブランディング)とは何であるのか。
ブランドとは、
「交換の対象としての商品・企業・組織に関して顧客がもちうる認知システムとその知識」
「市場に一定の認知、評判、存在感を生み出したもの」
「組織から顧客への約束である。そのブランドの表すものが、機能面だけでなく、情緒面や自己表現、人間関係においても役立つという約束を守ることである。顧客がそのブランドに触れるたびに生まれる感触や体験をもとにして、次々に積み重なり変化していく顧客との関係」
「未来の成功のための足場であり、その組織のために継続的な価値を生み出すもの」
「ブランドとは「常に変化するビジネスアセット(資産)。あらゆる企業活動を通して生み出され、適切にマネジメントされれば、識別性、差別性と価値を創出する」
ブランディングとは、
「あらゆるビジネス活動をマネジメントし、ビジネスアセットであるブランド価値を最大化することを目指す活動」
ブランド構築は「戦略」に属する。売上を伸ばすための「戦術」とは全く異なる」
「ブランド価値を高めるために企業・組織が行う目的に基づく計画と実行の過程をブランド戦略と呼ぶ。ブランド価値とは顧客の購入・使用・エンゲージメントに関してポジティブな影響を与えるような顧客のブランド知覚のことである。ブランド知覚とは、知名度、連想、属性評価、社会的評判、ロイヤルティ、知覚品質など、顧客がブランドを知覚する要素の集合体である」
とされています。
※一旦ブランドに関する大家の言葉をお借りしています(デービッド・アーカーなど)。
本当にマーケティングやブランディングといった言葉を使うのは不適切なのか
候補者に応募いただくまでの広報施策に「マーケティングを実現するための手法を活用する」と定義していれば適切です。
広報を実行する上で、目的に沿った活動計画を立てる、対象者を描く、対象者がどこにいるか調査する、対象者の思考や心理や意思決定の基準を調査する、自社の優位性は何か定義する(ここ嘘つくと後でしっぺ返しを受けます)、どのようなコミュニケーション手法が適切か検討する、などマーケティングを実現するための手法を流用することは必要です。
マーケティングやブランディングの機能を活用するならばCMOがいることが望ましい
採用にマーケティングやブランディングの概念を用いるのであれば、その企業にチーフマーケティングオフィサー(CMO)がいて、その指揮下で各機能毎にマーケティングやブランディングを行う体制があって初めて使うべきだと考えます。そもそも自社の優位性や便益を定義することは、人事だけで独自に行うことは無理でしょう。
CMOが自社のコミュニケーションのルールを決めた上で、各職能領域が相対する市場とコミュニケーションを図る。
とは言えまだまだCMOとして全社のマーケティング(ブランディング)を管理できる人材は乏しく、また採用支援業者を使って採用活動を行う企業では、実質人事職員が独自にコミュニケーションルールを用いて活動しているのが実態ですので、誤った概念に惑わされて無駄(企業側も候補者側も)が生じることを一つでも多く防ぎたいものです。
マーケティングもブランディングも、画一とされている日本語の定義が乏しい状態です。穿った見方かもしれませんが、横文字使っておくとイケてる感じする、という思考が採用マーケティングや採用ブランディングという言葉を乱立させている原因の一つではないでしょうか。
2,500年前の哲人ソクラテスの警笛
安易にマーケティングやブランディングといった言葉を使うことは、これらに本気で取り組んでいる人に失礼なこと。
2,500年前、弁論家は医者以上に患者への説得力を持つのだと述べた弁論家ゴルギアス(とその弟子ポロス)に対して、ソクラテスはその意見の過ちを指摘すると同時にこう述べたと伝えられています。
(弁論家と、そして弁論術とは)事柄そのもの(作中では医術など)については、それがどうあるかを、弁論術は少しも知る必要はないのであって、ただ、ものごとを知らない人たちに対してだけ、知っている者よりも、もっと知っているのだと見えるようにする、何かそういう工夫を、見つけ出しておけばいい。
(弁論術について)技術の名に値するような仕事ではないが、しかし、機を見るのに敏で、押しがつよくて、人びとの応待に生まれつきすごい腕前を見せるような精神の持主が、行なうところの仕事。
〜中略〜
最善ということにはまるっきり考慮を払わずに、そのときどきの一番快いことを餌にして、無知な人々を釣り、これをすっかり欺きながら、自分こそ一番値打ちのあるものだと思わせている。
〜中略〜
そのようにするものは醜いと、ぼくは主張しているのだよ
※ゴルギアス プラトン著 加来彰俊訳 岩波文庫より
相手の知識不足をいいことに耳障りの良さそうな言葉を並べ、相手を欺き自らを価値のある存在だと発信する。
今も昔も人が行っていることは変わらない。マーケティングやブランディングといった新しい知識概念を、哲学といった歴史ある概念を背景に見つめ直すことも事業の失敗を防ぐ手立ての一つになるかもしれません。
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