ポチ
目を覚ますと、目の前に奇妙な生き物が居た。
当たりを見回すが、ここは俺の家の中だし窓は閉まっていて鍵も掛かっている。
「えっ?なんだこいつ…どうやって入ってきた?」
そいつは小型犬くらいの大きさで毛は生えておらず、全体的にピンク色の肌が剥き出しになっている。
一見子豚のようでいて、でもそれとはかけ離れていた。
ぷくぷくと太った丸いフォルムに、ちょこんとついた小さなまんまるい目がなんとも可愛らしいが、口は意外にも大きく裂けていて舌は異常に長い。
昨夜までの3日間、熱に浮かされていたせいで俺の頭がおかしくなってしまったんだろうか?
それともまだ夢の中に居るのだろうか…。
状況がわからずただポカンと見つめる俺に、その生き物はゆっくりと近付いて来た。
俺は少し身構えたが、どうやら攻撃してくる気は無いようで、尻尾を振りながら俺の手に顔をすりよせてくる。
恐る恐る撫でてやると「くぅくぅ」と鼻を鳴らしながら更にすり寄ってきた。
懐かれると、こんな奇妙な生き物でも何故か可愛く見えてくるから不思議なものだ。
追い出すのも可哀想だし、暫く世話をしてやるかと思い、俺はこいつに名前を付けてやることにした。
「よし、お前は今日からポチだ。」
安易な名前ではあるが、まぁペットの名前なんてそんなものだろう。
ポチは俺の言葉がわかったのか飛び跳ねて尻尾を振る。
どうやら名前は気に入って貰えたらしい。
それにしても、この生き物は何なのだろうか。
初めてみるこの生き物に、俺は興味が湧いてきた。
耳はピンと立っていて、尻尾は小さく短い。
抱きしめるとしっとりぷにぷにしていて、癖になる弾力と感触だ。
獣特有の匂いも無くほのかに甘い優しいミルクのような、なんともいい香りだ。
飼うとなると餌が必要だよな…何を食べるんだろう?
「ポチ何か食うか?」
ポチはハァハァと荒い息をたてながらヨダレをダラダラと垂らす。
どうやら腹が減っているらしい。
そう言えば俺も腹が減ったなぁ、3日間殆ど何も食べずに寝ていたからな…。
ベッドから出て冷蔵庫に向かうと、ポチも尻尾を振りながらちょこちょこと俺の後を着いてくる。まったく可愛いやつだ。
冷蔵庫を開けてみるがさて困った、中は空。
口に出来るようなものは調味料位しかなく、これでは腹を満たすことは不可能だ。
「ごめんなポチ、何も食えるものがねぇや」
尻尾を下げて「くぅぅぅ」とポチが鳴く。
「腹減ったよなぁごめんな」
しかし俺も腹が減った何か買いに行くか?
とは言えまだ病み上がりで買い物に行くには少々体力が足りない。
くぅくぅと鳴くポチをぎゅうっと抱きしめると、優しく甘い香りが鼻を刺激する。
と、俺の腹の虫がぐぅぅぅぅと鳴った。
ポチの匂いを嗅いでいると無性に腹が減ってくる。
あー腹減った!!
どこかに何か食べれそうな物はないのか?
ん、いや待てよ…
こいつもしかして食えるんじゃないか?俺はポチをじーっと見つめた。
ポチは足元にちょこんと座り小さな丸い目で俺を見上げている。
見れば見るほどにポチは丸々と太っていて、美味そうな匂いをふりまいて、まるで私を食べて下さいと言わんばかりだ。
ポチを食べよう。
ネットで子豚の捌き方を検索してみる。
ポチは子豚ではないんだが、捌くとなると子豚が一番近そうな気がする。
つぶらな瞳で俺を見つめるポチが少し可哀想ではあったが、空腹に耐える事もできそうにない。
何より美味そうな匂いをプンプンと漂わせているこいつが悪いのだ。
「ポチー、ほらこっちおいで」
ポチは何かを悟ったのか何の抵抗もせず大人しく俺の腕の中にやって来た。
俺はポチの頭を優しく撫でると、ネットを見ながら手順にそって捌いていく。
切り分けた肉は柔らかく脂がのっていてとても上質だ。
「悪いなポチ、お前の肉は俺が責任を持って美味く調理してやるからな」
先ずは身の部分の調理だ、こいつはたっぷりの赤ワインで煮よう。
本当は肉をワインに24時間漬けておくんだけど、今回は腹が減りすぎて明日までは待てないので仕方がないそこは省くとする。
鍋に肉を入れて軽く表面を焼いてワインをたっぷり注いでアルコールを飛ばしていく。
ローリエ、トマトペーストを入れて塩コショウをし、じっくりと煮ていく。
「あぁ…なんていい匂いなんだ」
さて、煮ている間に次の料理を作っていこう。
ポチの長い舌は細かく切ってスープにする。
鍋に肉を入れて焼き水を加え、酒、にんにくと生姜、塩コショウを入れて煮ていく。
シンプルだが肉の旨みがたっぷり味わえるスープだ。
シンプルイズベスト!
次はポチの肝であろう部分をたっぷりのバターと香草で香りをつけて、ガーリックをほんの少しだけ入れソテーしていく。
塩コショウで味をつけて最後にレモン汁を垂らす。
「さて、お味はどうかな?」
程よい弾力がありながらもトロリと濃厚で、フォアグラにも負けないくらいの美味さだ。
バターと香草がいい塩梅で臭みもなく、ガーリックの風味がほんのりとして食べる手が止まらない。
「なんて美味いんだ、これはワインが欲しくなってしまうな…」
おっとそうだ、ワイン煮もそろそろ良い頃合だろう。
器に盛って仕上げに生クリームを少しかけ、スプーンですくって一口。
あぁ、口の中で肉がほどけていく。
赤ワインの渋みとトマトペーストのほのかな酸味がいいアクセントになっていて、最後にかけた生クリームでまろやかなコクがプラスされている。
一口、また一口と、スプーンを運ぶ手が止まらない。
タンスープの方は弾力のあるタンから噛めば噛むほどに旨みが溢れ出てきて、優しい味でこってりとした料理の後味をリセットしてくれる。
美味い…美味い…美味い!!
全ての料理を平らげると、なんだかとても寂しい気持ちになった。
ポチはもう居ないのだ…。
今日出会ったばかりだったが、俺になついてくれて可愛いやつだった。
頭を撫でた時のプニプニとした感触、抱きしめた時の温かさやあの芳しい香り。
ポチ…と呟き自分の腹を撫でる。
「ありがとなポチ、とても美味かったよ」
はぁ………。と深いため息をつく。
本当に美味かったな…もっと食べたかった。
もっとポチの肉を味わいたかったし、もっと色んな料理も試して味わってみたかった。
しかし、どうゆう生き物なのかもわからない上に、何処かに生息しているのかそれすらもわからない。
突然変異か、はたまた宇宙からやって来た生物なのか…。
いずれにしてもポチの肉はもう二度と食べれないかも知れない。
そう思うと、何だか無性に悲しくなった。
食べ終えた食器を片付けて、料理で疲れたし体もまだ本調子では無かったから、少し早いが今日はもう寝ることにした。
ピピピピ
翌朝目覚まし時計に起こされると、
なんと目の前にポチが居る。思わず寝ぼけ眼の目をこする。
「えっ!?ポチ…お前…どうして?」
ポチは尻尾を振りながら俺の手に頬を擦り寄せてくる。
昨日のあれは夢だったのだろうか?
それとも今が夢の中なのか?
まぁそんな事はどうでもいい、今俺の目の前にはあのポチが居る。それだけで十分じゃないか。
「ポチ…良かった、会いたかったよ!」
俺はポチを強く抱きしめた。自然と涙が溢れてくる。
暖かくプニプニとした感触に癒され、甘く優しいミルクの香りが鼻をくすぐる。
すうーっとポチの香りを吸い込むと、ぐぅぅぅぅと腹の虫が鳴きだした。
「お前にまた会えて本当に良かったよポチ」
ポチは俺の腕の中で大人しくこちらを見ている。
俺はポチの頭を優しく撫でた。
さて、次はどんな料理をつくろうか。
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